2026年10月16日

「鉄のお薬を飲み始めたら、便が真っ黒になりました」
「お腹が痛いと言い出して、お薬を見るだけで嫌がるようになって……」
鉄が足りないと言われ、良くなってほしくて飲ませている。それなのに、かえってお子さんがつらそうにしている。診察室で、こうしたお話をよく伺います。
お子さんが弱いからでも、飲ませ方が悪いからでもありません。その背景には、「鉄の種類」と「腸」の関係があることが多いのです。お腹を専門に診てきた立場から、腸の中で何が起きているのかをお伝えします。
鉄は、腸という「玄関」から入ります
鉄は、飲めばそのまま体に入るわけではありません。小腸の粘膜という玄関を通って、はじめて体の中で使われます。腸はまた、有害なものを入れないバリアでもあります。
この玄関が荒れていると、どんなに良い鉄を飲んでも、吸収されずに通り過ぎてしまいます。だから当院では、鉄を入れる前に、あるいは入れながら、腸を整えることを大切にしています。遠回りに見えて、いちばんの近道だと考えています。
鉄には、入り口の違う種類があります
「鉄」とひとくくりにされがちですが、お薬やサプリに使われる鉄には、いくつかの種類があります。それぞれ、体への入り口や性質が違います。
病院で処方される鉄剤(非ヘム鉄)
病院で出される鉄剤の多くは、このタイプです。誤解のないようにお伝えすると、病院の鉄剤がいけないわけではありません。ヘモグロビンが大きく下がった重い貧血など、急いで鉄を補う必要があるときは、このお薬をしっかり使います。
ただ、このタイプの鉄は吸収されにくい性質があります。吸収されなかった鉄は、そのまま大腸へ届きます。お腹の症状が出やすいのは、このためです。
ドラッグストアなどで買える鉄のサプリ
市販の鉄のサプリにも、いろいろな種類があります。ヘム鉄のサプリもあれば、大豆由来の「フェリチン鉄」(まめ鉄)など植物由来のものや、ピロリン酸鉄・クエン酸鉄などの非ヘム鉄を使ったものもあります。1粒あたりの量は、お薬より少ないものがほとんどです。
非ヘム鉄は病院の鉄剤と同じ仲間なので、人によってはお腹の症状が出ることがあります。どの種類でも、体に合っているか、足りているかは、飲んでいるだけでは分かりません。続けるときは、採血で確かめながら進めるのが安心です。
ヘム鉄
赤身の肉やレバーに含まれている鉄と同じ形です。専用の入り口から吸収されるため、少ない量で効率よく吸収され、大腸に届く余分な鉄が少ないのが特徴です。お腹への負担が少ないとされ、当院では、腸を整えながら鉄を満たしていくのに向いていると考えています。
なお、ヘム鉄は保険診療のお薬としては出すことができません。当院では、栄養外来(自費)の中で、お腹の状態に合わせて使っています。
当院では使っていない「ビスグリシン酸鉄」
海外製のサプリに多いビスグリシン酸鉄(いわゆるキレート鉄)は、鉄をアミノ酸と結びつけた、よく吸収される形の鉄です。量の多い製品も少なくありません。採血をせずに長く飲み続け、肝臓などに鉄がたまりすぎてしまった例が、医学論文で報告されています。当院では、この形の鉄は使っていません。
どの鉄でも、大切なこと
人の体は、いったん入った鉄を外に出すしくみを、ほとんど持っていません。鉄の種類にかかわらず、量の多い製品を自己判断で長く続けると、体の負担になります(国民生活センターも2024年に、海外製の鉄のサプリを長く飲み続けた健康被害について注意を呼びかけています)。
・鉄を補う前に、本当に足りないのかを採血で確かめる
・量と期間は、年齢や食事に合わせて決める
・大人用の鉄のサプリを、子どもに自己判断で飲ませない
・鉄の製品は、小さなお子さんの手の届かない所に置く
鉄のサプリは、自己判断で足さず、医師と相談しながら選んでください。
便が黒くなるとき、腸の中で起きていること
鉄剤を飲んで便が黒くなるのは、吸収されなかった鉄が大腸に届いているからです。
大腸に届いた鉄は、ただ通り過ぎるだけではありません。一部の腸内細菌のえさになり、腸内細菌のバランスを乱すことがあります。その結果、
・便が真っ黒になる
・便秘や下痢をくり返す
・お腹が張る、ガスが増える
・お腹を痛がる
といったことが起こりやすくなります。「お薬を飲んだらお腹が痛くなった」という体験は、お子さんが鉄を嫌がる、いちばんの理由になります。鉄が必要なのに、鉄が飲めなくなる。ご家族にとって、本当につらいところです。
こんなときは、早めに受診してください
黒い便は、鉄のせいだけでなく、胃や腸からの出血のサインのこともあります。鉄を飲んでいないのに便が黒い、ドロッとしたタールのような便が続く、お腹を強く痛がる、顔色が悪い・ぐったりしている——このようなときは、鉄のせいと決めずに、早めに受診してください。
「貧血なし」でも、鉄が足りないことがあります
健康診断で「貧血なし」と言われても、体にためている鉄(フェリチン)がとても少ないことがあります。鉄は、酸素を運ぶヘモグロビンの材料であると同時に、体を動かすエネルギーをつくる中心メンバーです。
鉄が足りないと、疲れやすい・集中しにくいといったことが起こりやすくなります。当院では、さらに、エネルギーが作れずに甘いものを欲しがり、血糖が乱れて、朝起きられない・イライラしやすくなる、という連鎖も起こりやすいと考えています。気持ちを支える脳の物質(ドーパミン・セロトニン)を作るのにも、鉄が使われます。
鉄が足りているかどうかは、症状だけでは決められません。採血で確かめてから、どの鉄を、どのくらい、どんな順番で入れるかを考えます。
私たちが「量」より先に「腸」を見る理由
鉄を早く満たしたい、というお気持ちはよくわかります。けれども、体はゆっくり満たしていくほうが、無理なく使えます。だから当院では、
・まず、お腹の状態(便の様子・張り・痛み)を確かめる
・次に、どの鉄を使うかを選ぶ
・そのうえで、お腹の様子を見ながら少しずつ進める
という順番を大切にしています。ヘム鉄でも、その時の腸の状態によっては、一度に目標の量を入れられないことがあります。焦らず、お子さんのお腹と相談しながら進めます。
受診すると、何をするのか
当院の栄養外来では、
・これまでの経過、便の様子、食事、朝の様子などをうかがう
・採血で、鉄をはじめとした栄養の土台を確かめる
・必要に応じて、腸の状態を調べる
・どこから始めるかを、ご家族と一緒に決める
という流れで進めます。変化は、早ければ数週間で「朝が少し楽になった」という形で見え始めますが、体の鉄が満ちていくには数か月かかります。良い日と戻る日をくり返しながら進むのが普通です。
受診の前に、見ておいていただきたいこと
・便の色と形、お腹を痛がるタイミング
・いま飲んでいるお薬やサプリ(お薬手帳・サプリの袋や名前)
・ほかの医療機関で受けた血液検査の結果があれば、その用紙
病院の鉄剤でお腹の症状が出ているときは、市販の便秘薬を足す前に、まず処方した医師に「便が黒くて硬い」「お腹が張る」と伝えて、種類や量を相談してみてください。
合わせて読みたい関連記事
鉄が足りないサインや、「貧血なし」と言われたときの見方について、こちらでも詳しく書いています。
・小児科の「貧血なし」は安心してはいけない理由 — ヘモグロビンとフェリチンの違い
・子どもが甘いものをやめられないのはなぜ?小児外科医が解説する「糖質依存」と「鉄欠乏」の意外な関係
・フェリチンを増やすには?朝起きられない子の隠れ貧血(鉄不足)と増やし方を小児外科医が解説
まとめ
・鉄は、腸という玄関を通って体に入る
・病院の鉄剤は必要な場面で大切。ただ吸収されにくく、余った鉄が腸の負担になりやすい
・ヘム鉄は少ない量で吸収され、お腹への負担が少ないとされる
・どの鉄でも、量の多いものを採血なしで長く飲まない。大人用を子どもに自己判断で与えない
・「貧血なし」でも鉄が足りないことがある。確かめるのは採血
便が黒いのも、お腹が痛いのも、お子さんや親御さんのせいではありません。鉄の種類と、腸の状態の問題です。鉄の種類を選び、お腹に合わせて進めれば、お腹を壊さずに満たしていく道はあります。
今日から、家でできること
鉄のお薬やサプリは、お茶やコーヒーではなく、水か麦茶で飲むようにしてみてください。お茶に含まれる成分が、鉄の吸収を下げることがあるためです。それだけでも、同じ一粒がより届きやすくなります。
▶ 子どもの便秘と栄養|鉄・ビタミンD不足と「入れる順番」(便秘専門サイト)
お腹と栄養のつながりを、便秘専門サイトで解説しています。
鉄と腸のヒントを、LINEで受け取る
お子さんの鉄や、お腹と栄養のことで、診察室では話しきれないことを、小森こどもクリニック 栄養の公式LINEで少しずつお届けしています。何から始めればいいか迷う方は、ここから受け取ってください。
「うちの子の鉄はどうだろう」と確かめてみたい方へ
鉄が足りているか、どの鉄が合うかは、採血とお腹の様子から確かめられます。当院の子どもの栄養外来(分子栄養学外来)では、便の様子や食べ方までうかがったうえで、お子さん一人ひとりに合わせて組み立てていきます。
ご予約は、当院ホームページの予約システム(デジスマ診療アプリ)から承っています。
診察室の外の発信
診察室では話しきれないこと、医師が何を考えながら診ているのかを、Xでも書いています。
小児外科医 小森広嗣🩺栄養×お腹 @KomoriKodomoCL
この記事の執筆・監修者
小森こどもクリニック 院長 小森 広嗣(こもり こうじ)
小児外科専門医・指導医、医学博士。慶應義塾大学医学部卒業後、東京都立小児総合医療センター外科医長などを経て、小森こどもクリニックを開院。小児外科の出身として、いまは地域の中で、お腹と栄養の外来を深く追求している。
「成長の感動や喜びをお子さん・ご家族と分かち合い、楽しく安心して子育てができる社会を創る」ことを自身のビジョンとし、診療と情報発信の両輪で活動している。
▶ 著書:『うんちが出ない!』(英智舎・2026年12月9日発売)
▶ 取材・講演のお問い合わせ:press@komori-kodomo.com