
「お薬は毎日きちんと飲ませています。浣腸もしています。それでも、思うようには出ません」
便秘のご相談で、いちばん多くうかがうお話のひとつです。治療は続けているのに、なかなか思うように進まない——そう感じているご家族も、いらっしゃると思います。
はじめにお伝えしたいのは、いま続けている治療は、そのまま続けていただきたいということです。そのうえで、もう少し長い目で見たときに、少し違う切り口から支えてあげると、良くなっていくお子さんがいます。そのひとつが「栄養」の視点です。
当院には、便秘の外来とは別に、栄養外来があります。血液検査でお子さんの体の「材料」が足りているかを確かめ、一人ひとりに合わせて整えていく——これは便秘外来でふつうに行うことではなく、栄養外来という、もうひとつの入り口で行っているものです。
この記事は、その栄養の視点から、鉄とビタミンDという2つの材料が、子どもの便秘とどうつながるのかをお話しします。栄養だけで便秘が治るわけではありません。けれど、体の土台を整えるという見方は、便秘にとどまらず、これからのお子さんの健康にとって大切なものだと私たちは考えています。今の治療を続けながら、ぜひ知っておいていただきたい視点です。
そのうえで、知っておいていただきたいことがあります。栄養には「入れる順番」があります。 順番を飛ばすと、体に良いものを入れたつもりでも、かえってお腹が重くなることがあるのです。
腸は、自分で動く「筋肉」です
のどから肛門まで、消化管はひとつづきの管です。当院がふだん、お腹の外来で診ているのも、この管です。
この管は、自分で動きます。腸の壁には筋肉があって、波打つように収縮しながら中身を先へ送っていきます。蠕動(ぜんどう)運動と呼ばれる動きです。うんちが出るということは、この筋肉が仕事をした結果です。
筋肉が動くには、エネルギーが要ります。体のエネルギーはATPという形で作られ、それを作っているのは細胞の中にあるミトコンドリアです。そして、ミトコンドリアがATPを作り出すとき、欠かせない材料のひとつが鉄です。
ですから、鉄が足りない体では、腕や足の筋肉と同じように、腸の筋肉も力を出しにくくなります。
これは、気持ちややる気の問題ではありません。燃料計が下がっている、という体の問題です。
貧血がなくても、鉄は足りていないことがあります
健診で「貧血はありません」と言われたお子さんでも、鉄が足りていないことは少なくありません。
体の鉄は、まず貯金から使われます。貯金にあたるのがフェリチン(貯蔵鉄)です。この貯金が減っていっても、しばらくのあいだヘモグロビンは正常の範囲にとどまります。つまり、貧血という形で表に出るのは、鉄不足のかなり後半なのです。
貯金が減っている子には、こうしたことがよく重なります。
・朝、なかなか起きられない
・すぐに「疲れた」と座り込む
・顔色がさえない
・集中が続かない
・お肉やお魚を口にためる、かまずに丸のみする
そして、お通じが出にくい。これも、同じ列に並ぶサインです。
当院では、「出す治療」が一段落したのに排便のリズムがなかなか育たないお子さんについて、この貯金の量を確かめています。ヘモグロビンではなく、フェリチンを見ます。
なお、女性は月経・妊娠・出産を通じて、一生のあいだ鉄が不足しやすい体です。お子さんの栄養を考える流れで、お母さま自身の鉄を一度も測ったことがないという方は、ご一緒に確かめておかれるとよいと思います。
ところが、鉄を先に入れると、かえって出なくなることがあります
ここが、この記事の中心です。
鉄のお薬やサプリメントで、お腹が重くなる、便が硬くなる、便が黒くなる——これは以前から知られていることです。胃腸が弱っているときに鉄を入れると、その負担が出やすくなります。
すると、こういうことが起こります。
便秘の子には、鉄が足りないことがある。しかし、その腸にいきなり鉄を入れると、便秘が悪くなることがある。
一見、矛盾しているように見えます。けれども、矛盾ではありません。順番の問題です。
当院はこう考えています。鉄を入れないのではありません。鉄が入る腸にしてから、入れるのです。
「鉄を試したけれど、合わなかった」というお話は、少なくありません。その多くは、鉄そのものが合わなかったのではなく、入れる順番が早かったのだと考えています。
もうひとつの鍵が、ビタミンDです
ビタミンDは「骨の栄養素」として知られています。ただ、近年わかってきたのは、この栄養素が働いているのは骨だけではない、ということです。
ひとつは、腸の壁です。
腸の細胞と細胞のあいだは、タイトジャンクションという構造で目張りされています。この目張りがあるおかげで、腸の中にあるものは腸の中にとどまります。ビタミンDは、この目張りを保つ側に働きます。足りなくなると隙間が開きやすくなり、まだ十分に消化されていないものが体の側へ入り込みやすくなります。そこで炎症が起きると、腸は動きも吸収も落とします。
もうひとつは、腸の動きそのものです。
体のセロトニンの約9割は、脳ではなく腸で作られています。セロトニンは腸の動きを調節する大切な物質で、ビタミンDはこのセロトニンを作る酵素の働きに関わっていると報告されています。
つまりビタミンDは、腸の「戸締まり」と「動き」の両方に関わっている栄養素です。
便秘の子と、そうでない子を比べた報告
2025年に報告された研究では、慢性の便秘と診断された1〜14歳の子ども55人と、便秘のない子ども55人の血液中のビタミンDを比べています。
・便秘のある子 平均 14.6 ng/mL
・便秘のない子 平均 29.0 ng/mL
便秘のある子のうち78%が不足の域にあり、十分に足りている子は1人もいませんでした。上の数字のとおり、便秘のない子のグループとは平均で倍近い開きがありました。
大人でも、同じ方向の報告があります。腸の動きが落ちている慢性便秘の患者86人と、お通じに問題のない86人を比べた研究で、ビタミンDが低いことが、腸の動きの障害と単独で関連していました。
ここで、正確にお伝えしておきたいことがあります。これらは、こうした報告がいくつか出てきている、という段階の研究です。しかも、ある一時点を切り取って両者を比べたもので、「ビタミンDが足りないから便秘になった」という因果まで証明したわけではありません。便秘で食事が偏った結果として下がった、という順序もありえます。
それでも、便秘のお子さんのビタミンDを一度も測らなくてよい理由には、もうならないと当院は考えています。
そして、これから冬に向かいます
ビタミンDは、日光を浴びた皮膚でも作られます。ですから秋から冬は、どうしても下がりやすい季節です。日が短くなり、外で遊ぶ時間も減ります。
「秋から冬にかけて便秘が重くなる」というご相談は、実際に増えます。生活のリズムや水分のとり方の変化もありますが、土台の側も同じ時期に動いていると考えています。
当院が考える「入れる順番」
栄養から便秘を診るとき、当院は次の順番で組み立てます。
まず、栄養より前に置くものがあります。
0.溜まっているものは、先に出す
直腸に便が溜まったままでは、何を食べても、何を足しても、排便のリズムは育ちません。伸びきった風船は、中身を出さないかぎり縮みません。栄養は、出す治療の代わりにはなりません。 ここを入れ替えると、遠回りになります。
そのうえで、順番はこうなります。
1.腸の壁を整える — 目張りを保ち、炎症を受けにくい状態にする。ここでビタミンDが働きます
2.消化を助ける — 十分に切れていない食べ物は、腸にとって負担になります。そして、下痢や便秘になっているお子さんは、そもそも消化の力が落ちていることが多いのです
3.菌の環境を整える — 菌を入れること自体が目的ではありません。大腸の粘膜を育てて、吸収できる腸に戻すための下ごしらえです
4.そして、鉄 — いちばん最後に、慎重に入れます
この並び順は、当院が診察の中で一人ひとりに合わせて組み立てているものです。ご家庭で自己判断で始めていただく手順ではありません。 何がどれだけ足りないかはお子さんによって違い、順番も一律ではありません。
それでも、この考え方だけは知っておいていただきたいと思います。足すより先に、受け取れる体にする。 栄養の面から私たちが大切にしているのは、結局この一点です。
ご家庭で、今日からできること
順番の話をしたうえで、食卓の話をします。
鉄を届ける食べ物
・赤身のお肉、レバー
・赤身のお魚(まぐろ・かつお)、あさり
・小松菜や大豆などの植物性の鉄は吸収されにくいので、ビタミンCの多いもの(ピーマン・ブロッコリー・柑橘)と組み合わせる
ビタミンDを届ける食べ物と、日光
・鮭、さんま、しらす、いわし
・きのこ類、卵
・晴れた日に、外で遊ぶ時間をつくる
ここで、ひとつだけお願いがあります。
「食事で全部を埋めよう」と思わないでください。
好き嫌いのあるお子さんに、これらを毎日食べさせるのは現実的ではありません。食卓が戦いの場になってしまえば、栄養より大切なものを失います。できる日に、1品増える。それで十分です。
食事は土台づくりです。土台が足りない分をどう補うかは、体の中の数字を見てから決めればよいことです。
足りているかどうかは、血液検査でしか分かりません
顔色や食欲から推し量ることはできますが、貯金がどれだけ残っているかは、採血でしか分かりません。
当院では、便秘の診療を次の順で進めます。
- お話をうかがう(何日おきに出ているか、痛みがあるか、漏れがあるか、食事と生活のこと)
- お腹の診察と、必要に応じたレントゲンで、いま直腸に便が溜まっているかを確かめる
- 溜まっていれば、まず出し切る計画を立てる
ここまでが、便秘外来で行う流れです。そのうえで、出す治療とリズムづくりを続けても手応えが出にくいお子さんには、栄養外来という別の切り口をご案内しています。血液検査から土台(鉄・ビタミンDなど)を確かめ、どこから始めるかをご家族と一緒に決めていきます。
ご来院の前に、見ておいていただきたいこと
・何日おきに出ているか(カレンダーに丸をつけるだけで十分です)
・出るときに痛がるか、時間がかかるか
・パンツに少量の汚れがつくことがあるか
・お腹が張って食欲が落ちる時間帯があるか
・お薬手帳と、他院での検査結果(お持ちであれば)
見通しについても、先にお話ししておきます
便秘の治療は、数か月で整うお子さんもいますし、数年かかるお子さんもいます。どちらも、よくあることです。そして治療の途中で必ず、良くなったり戻ったりという揺り戻しがあります。揺り戻しは失敗ではなく、経過の一部です。
栄養についても同じです。土台づくりは、飲んだ翌日に便が出るという種類のものではありません。体への貯金であり、投資です。数か月かけて、じわじわと変わっていきます。
よくある質問
Q. 鉄のサプリメントは、何歳から飲めますか
年齢よりも、いまの腸の状態と、体の中の数字で決めることをおすすめします。この記事でお話ししたように、腸が荒れているときに鉄を先に入れると、便秘が重くなることがあります。市販のもので自己判断で始めず、まず足りているかどうかを確かめてからにしてください。
Q. 鉄やビタミンDを足せば、便秘は治りますか
栄養だけで治るものではありません。溜まったものを出す治療と、毎日のリズムづくりが先にあって、栄養はその土台を支える役割です。逆に、出す治療とリズムが整っているのに手応えが出ないときには、土台を確かめる価値が高いと考えています。
Q. ビタミンDは、日光だけで足りませんか
季節と暮らし方によります。冬、日焼け止め、室内での遊びが中心の生活では、日光からだけでまかなうのは難しいことがあります。食べ物と日光の両方を意識しても足りないことがあるので、確かめるのがいちばん確実です。サプリメントの安全性については、当院の考え方を別の記事にまとめています(この記事の最後にリンクを置いています)。
Q. 便秘の子は、全員が栄養不足なのですか
いいえ、そうではありません。栄養が十分でも便秘になるお子さんはたくさんいます。
便秘の背景には、ほかにもいろいろなことがあります。アレルギーで腸に炎症が起きている、体のはたらきを調節するホルモンの量がゆっくりになっている、生まれつき腸の形や動きに個性がある、別の病気で飲んでいるお薬の影響が出ている——こういったことも実際にあります。
大切なのは、どれも診察で確かめられることだという点です。ひとつに決めつける必要はありません。
そのうえで、次のようなことがあれば、栄養のことより先にご相談ください。体重が増えていかない、便に血が混じる、お腹が大きく張って食べられない。この3つは、早めに診せていただきたいサインです。
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「腸を育てる」という考え方と、土台を確かめる検査については、こちらもあわせてお読みください。
– 【小児外科医が解説】整腸剤を飲んでも子どもの便秘が治らない理由〜「菌を入れる」から大腸を「育てる」治療へ〜
– フェリチンを増やすには?朝起きられない子の隠れ貧血(鉄不足)と増やし方を小児外科医が解説
– 【医師解説】ビタミンDサプリは危険?小児科学会の報告と当院の安全管理体制
まとめ——足すより先に、受け取れる体にする
便秘の治療は「出すこと」から始まります。それは変わりません。
ただ、出す治療とリズムづくりを続けても手応えが出ないとき、腸を動かす材料が足りていないことがあります。鉄は、腸の筋肉が動くためのエネルギーをつくる材料です。ビタミンDは、腸の戸締まりと動きに関わる材料です。どちらも、貧血や骨の話だけで終わる栄養素ではありません。
そして順番があります。溜まっているものを出す。腸の壁を整える。消化を助ける。菌の環境を整える。鉄は、いちばん最後に。
足すより先に、受け取れる体にする。 遠回りのように見えて、これがいちばん短い道です。
時間はかかっても、腸は育ちます。焦らなくて構いません。私たちは応援部隊として、その道のりを一緒に歩きます。
治療の進め方について、ひとつだけお願いです。 お薬や浣腸の量、そして排便リズムの組み立て方は、お子さんの状態によって一人ひとり違います。栄養やサプリメントについても同じです。自己判断で調整せず、まずはかかりつけの先生と相談しながら進めてください。そのうえで、もし今の治療でなかなか手応えが感じられないときは、どうか一人で抱え込まないでください。子どもの便秘は、専門的に診ることで道が開けることが少なくありません。便秘を専門に診ている医師など、信頼できる専門家に相談してみることも、大切な選択肢のひとつです。
便秘でお悩みの方へ:栄養面からのサポート
当院では、お腹の専門医(小児外科専門医)としての知見を活かした栄養外来を行っています。
便秘を繰り返すお子さんは、腸内環境だけでなく、鉄・亜鉛・ビタミンDなどの栄養素が不足しているケースが非常に多いことが分かっています。「腸」と「栄養」の両面からアプローチすることで、お子さんの体の土台を根本から整えていきます。
栄養外来では、血液検査で「隠れた栄養の不足」を確かめたうえで、お子さん一人ひとりに合わせた食事とサプリメントの戦略を組み立てます。食事療法を頑張っても動かなかった便秘が、栄養を補うことで動き出すことは、めずらしくありません。
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この記事の執筆・監修者
小森こどもクリニック 院長 小森 広嗣(こもり こうじ)
慶應義塾大学医学部を卒業後、東京都立小児総合医療センター外科医長などを経て、東京都国分寺市に「小森こどもクリニック」を開設。現在は、日本でも珍しい小児外科専門医が開設する「便秘専門クリニック」として、年間延べ約5,000人の診療にあたっている。その実績から、都内のみならず遠方や海外からの受診・相談も多く、セカンドオピニオンも積極的に受け入れている。丁寧な対話を通じてご家族と「治療のゴール」を共有し、一人ひとりの状況に合わせて治療戦略をカスタマイズする、オーダーメイドの診療スタイルを実践している。日本小児外科学会認定の小児外科専門医・指導医、医学博士。
「成長の感動や喜びをお子さん・ご家族と分かち合い、楽しく安心して子育てができる社会を創る」ことを自身のビジョンとし、診療や情報発信を行っている。
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参考文献
日本小児栄養消化器肝臓学会, 日本小児消化管機能研究会 編. 小児慢性機能性便秘症診療ガイドライン. 診断と治療社, 2013.





