2026年5月23日

「学校の健診で貧血はひっかからなかったから、鉄分は足りているはず」
「小児科でも血液検査をして、貧血はないと言われました」
お母さんたちからそうお聞きして、検査結果を見せていただくと、たしかにヘモグロビンは正常範囲に入っています。でもお子さんは、朝どうしても起きられない。ささいなことで怒りが爆発する。氷をガリガリとかじりたがる。
同じ数値を少し違う角度から見てみると、こうした不調の理由が見えてくることがあります。
「お財布の現金」と「銀行の貯金」
鉄の状態を知るための代表的な血液検査の項目に、「ヘモグロビン」と「フェリチン」があります。
ヘモグロビンは、赤血球の中にあって全身に酸素を運ぶタンパク質です。「いま財布に入っている現金」のようなもので、日々の酸素供給に使われています。
フェリチンは、体内に貯蔵されている鉄の量を反映する指標です。「銀行の貯金」にあたります。
一般の小児科や学校の健診で「貧血かどうか」を判断するときに見ているのは、主にヘモグロビンです。
体は「お財布」を最後まで守ろうとする
鉄分の摂取が足りなくなったとき、体はどうするでしょうか。
まず銀行の貯金(フェリチン)を取り崩して、お財布(ヘモグロビン)に補充します。なぜなら、ヘモグロビンは全身に酸素を届けるという命に関わる最重要任務を担っているからです。
つまり、ヘモグロビンが正常に保たれていても、その裏で貯金がどんどん減っていることがあり得るのです。
そしてヘモグロビンまで下がって「貧血」と診断される段階は、銀行の貯金も完全にゼロになり、どこからも補充できなくなった最終段階です。
貯金だけがゼロになっている状態を「潜在性鉄欠乏」と呼びます。保険診療の「異常なし」にギリギリ入っているこの状態が、実は子どもの日常にさまざまな影を落としていることがあります。
貯金がゼロの状態で起きること(鉄が支える多彩な機能)
フェリチンが極端に低い状態では、体は以下のような不調を抱えやすくなります。実は、鉄は単なる「血の材料」ではなく、全身のあらゆる機能を支える重要なパーツなのです。
・ 心と脳(神経伝達物質):セロトニンやドーパミンの合成が滞り、感情が不安定になる。学習時の集中力が続かない。
・ エネルギー(ATP産生):細胞のエネルギー工場が回らなくなり、朝起きられない、体が重い。
・ 体力(筋肉の酸素貯蔵):筋肉のミオグロビンが不足し、少し歩いただけで「疲れた」と座り込む。
・ 免疫力(白血球の機能):免疫細胞の殺菌力が落ちるため、風邪をひきやすく、治りにくい。
・ 成長(細胞分裂):DNAの合成が滞り、体を大きくするための細胞の「入れ替え・増殖」がゆるやかになる。
・ 皮膚・骨(コラーゲン合成):コラーゲンの生成がうまくいかず、爪が平らになる・割れやすい、アザが治りにくい。
・ 代謝(甲状腺ホルモン合成):代謝のサイクルが落ちて、極端な寒がりになる。
これらは「性格」や「気持ちの問題」「体質」として片付けられやすいのですが、体の側に物理的な理由(材料不足)があることも少なくありません。
なぜ一般の小児科では「フェリチン」を測らないのか
「そんなに大事なら、なぜ普通の検査で測ってくれないの?」と疑問に思うのは当然です。
これには保険診療の仕組みが関係しています。保険診療の血液検査の主な目的は「今すぐ治療が必要な病気があるかどうか」の判定です。「貯金は少ないけれど病気ではない」状態は、積極的な介入の対象になりにくいのです。
また、フェリチンは風邪などの炎症があると一時的に高く出てしまう性質があり、スクリーニング検査としては使いづらいという技術的な事情もあります。
「異常なし」と言ってくださった先生が悪いわけではなく、検査の「目的」が違うだけなのです。
腸の健康が「鉄の吸収」を左右する
もう一つ、血液データだけでは見えにくい大切なことがあります。
鉄をきちんと吸収するためには、胃酸がしっかり出ていること、そして腸の粘膜が健全であることが前提です。慢性便秘のあるお子さんは腸内環境が乱れていることが多く、食事やサプリメントから鉄を摂っても、うまく体に届いていないケースがあります。
小児外科医として長年腸を診てきた実感として、鉄不足の改善には「腸の通り道を整える」というステップが欠かせないと感じています。
今日からご家庭でできること
・ 赤身の肉(牛肉、豚もも肉)やカツオ、レバーなど、吸収率の高い「ヘム鉄」を意識して食卓に
・ ビタミンCを含む野菜や果物を一緒に摂ると、鉄の吸収が助けられます
・ お通じの状態を確認する——便秘が続いている場合は、腸の環境を先に整えることが近道です
・ 「鉄のフライパンで調理する」「味噌汁にしじみを入れる」——日常の小さな工夫も積み重なります
食事だけで貯金をゼロからしっかり戻すには、数か月から年単位の時間がかかることもあります。でも、毎日少しずつ積み上げることに意味がないわけではありません。体への貯金は、長い目で見た未来への投資です。
不調が強い場合や、今の貯金残高を正確に知りたい場合は、血液検査で数値を確認する方法もあります。
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おわりに
「貧血じゃないと言われたのに、なんでこの子はこんなにしんどそうなんだろう」。
その疑問を抱えているのは、お子さんの変化にちゃんと気づいている証拠です。
ヘモグロビンだけでは見えない「貯金の状態」を知ることで、不調の糸口が見えてくることがあります。お子さんのことで気になることがあれば、受診の際にご相談ください。
この症状をもう少し深く知りたい方へ
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▶ 子どもの便秘と栄養|鉄・ビタミンD不足と「入れる順番」(便秘専門サイト)
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▶ お母さん、自分の鉄も測ったことありますか? — 子どもの不調が続く時、母親のフェリチンを見るべき理由
お子さんの体の土台とつながる、お母さんご自身の鉄の話です。
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「貧血なし」でも鉄の貯金が足りているかどうかは、血液検査で確かめられます。当院の子どもの栄養外来(分子栄養学外来)では、症状・食べ方・便の様子までうかがったうえで、お子さん一人ひとりに合わせて組み立てていきます。
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小児外科医 小森広嗣🩺栄養×お腹 @KomoriKodomoCL
この記事の執筆・監修者
小森こどもクリニック 院長 小森 広嗣(こもり こうじ)
小児外科専門医・指導医、医学博士。慶應義塾大学医学部卒業後、東京都立小児総合医療センター外科医長などを経て、小森こどもクリニックを開院。小児外科の出身として、いまは地域の中で、お腹と栄養の外来を深く追求している。
「成長の感動や喜びをお子さん・ご家族と分かち合い、楽しく安心して子育てができる社会を創る」ことを自身のビジョンとし、診療と情報発信の両輪で活動している。
▶ 著書:『うんちが出ない!』(英智舎・2026年12月9日発売)
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