
目次
毎日、お子さんと真剣に向き合い、子育てを頑張っていらっしゃるお母さん、お父さん、本当にお疲れさまです。
お子さんの寝顔を見つめながら、その健やかな成長を願う毎日。しかしその一方で、ふとした瞬間に、こんな風に感じたことはありませんか?
✔️夜中に何度も目を覚まし、激しく泣き叫ぶ「夜泣き」
✔️一度スイッチが入ると手がつけられないほどの「癇癪(かんしゃく)」
✔️些細なことでぐずり、なかなか機嫌が直らない
✔️いつも鼻水を垂らしていて、すぐに熱を出すなど、風邪をひきやすい
✔️口の周りやお尻がかぶれるなど、肌がデリケートで荒れやすい
✔️離乳食になかなか興味を示さず、口に入れても出してしまったり、そもそも食べてくれなかったりする
「上の子の時はもっと楽だったのに…」「月齢が同じくらいの子はもっと穏やかなのに…」
そうした思いが頭をよぎり、「うちの子、なんだか育てにくいかも…」と、一人で悩みを抱え込んでしまってはいないでしょうか。
小児科の乳幼児健診に連れていくと、身長や体重を測り、成長曲線に乗っていれば「順調ですね、問題ありませんよ」と言われるかもしれません。確かに、成長という観点では「順調」なのでしょう。
しかし、毎日お子さんと向き合っているお母さん、お父さんの心は、その言葉だけでは晴れないのではないでしょうか。体重が増えているから大丈夫、と言われても、目の前で繰り広げられる夜泣きや癇癪、頻繁な体調不良に直面し、「本当にこれで良いのだろうか?」という漠然とした不安が消えない。私たちは、外来でそうした切実な声を数多くお聞きしてきました。
もし、今あなたが感じているその「育てにくさ」や「なんとなくの不調」が、単なる「個性」や「成長の一過程」で片付けられるものではなく、もっと本質的な原因、すなわち体の土台を作る“栄養”の問題に根差しているとしたらどうでしょうか。
この記事は、単なる離乳食の進め方や、育児のテクニックをお伝えするものではありません。
なぜ、お子さんにそのようなサインが現れるのか。その根本原因を、私たちの体をつくる細胞レベルの栄養の働きから解き明かす「分子栄養学」という視点を取り入れながら、具体的で、今日から実践できる解決策を提示する、『子どもの栄養専門ガイド』です。
その悩みの答えは、意外なほど近くにあるのかもしれません。
どうぞ、少しだけお時間をとって、読み進めてみてください。
まず、大前提として乳幼児健診は非常に重要です。明らかな病気や発育の異常を早期に発見するための、社会の大切なセーフティーネットと言えるでしょう。
しかし、ここで一つ、認識を新たにしておきたい点があります。それは、健診における「問題ない」という言葉の意味です。多くの場合、これは「現時点で、治療が必要な“病気”は見当たらない」ということを指しています。身長や体重が成長曲線の範囲内にあれば、「発育のめやす」はクリアしていると判断されます。
ですが、考えてみてください。「病気ではない」ということと、「心身ともに最高のコンディションで、健やかに過ごせている」ということの間には、実は大きな隔たりがあるのです。
外来でよく「うちの子、体重は増えているんですが…」と、何かをためらうようにご相談を受けることがあります。この「…」にこそ、お母さんの本当の悩みが隠されています。体重という数字だけでは測れない、日々の生活の中での「なんとなくの不調」。それこそが、実は体からの重要なサインなのです。
私たちは、この「病気ではないけれど、最高の健康状態でもない」というグレーゾーンにこそ、分子栄養学的なアプローチで介入する大きな意義があると考えています。お子さんのポテンシャルを最大限に引き出し、ご家族が笑顔で過ごせる毎日を目指すためには、体重という「量」の指標だけでなく、体の内側を満たす「栄養の質」に目を向けることが不可欠なのです。
栄養の中でも、特に乳幼児期にその重要性が見過ごされがちなのが「鉄」です。
多くの方が「鉄不足=貧血」というイメージをお持ちかもしれません。しかし、これは正確には違います。
この関係を理解するために、「氷山」を思い浮かべてみてください。
海の上に見えている氷山の一角、これが「貧血」です。これは血液検査の項目であるHb(ヘモグロビン)の数値が基準値を下回った状態を指し、いわば体の鉄不足が最終段階まで進み、血液を作るという最も重要な機能にまで支障をきたした状態です。
一方で、海面の下には、見えていない巨大な氷の塊が隠れています。これが「鉄欠乏」です。体の中では、血液中の鉄(血清鉄)の他にも、肝臓や脾臓などに「貯蔵鉄」として鉄がストックされています。体が鉄不足に陥ると、まずこの貯蔵鉄を取り崩してなんとかやりくりしようとします。Hb(ヘモグロビン)の数値を正常に保つために、”貯金”を切り崩している状態、それが「鉄欠乏」です。
つまり、血液検査で「貧血ですね」と診断されるずっと手前の段階で、体の中では深刻な鉄不足が進行しているのです。そして、後ほど詳しく解説しますが、夜泣きや癇癪、免疫力の低下といった「なんとなくの不調」は、まさにこの「隠れ鉄欠乏」の段階で顕著に現れ始めます。
この「隠れ鉄欠乏」の状態を把握するための重要な指標が、貯蔵鉄の量を反映する「フェリチン」という血液検査の項目です。
フェリチンは、いわば鉄の”銀行預金”のようなものです。赤ちゃんは、お母さんのお腹の中にいる間に、この”銀行預金”をたっぷりと受け取って生まれてきます。そして生後しばらくは、主に母乳やミルクを飲みながら、この貯金を切り崩して成長していきます。
しかし、生後6ヶ月頃になると、急速な成長に伴って鉄の需要が急増し、お母さんからもらった貯金だけでは追いつくなくなってきます。このタイミングで、離乳食などから十分に鉄を補給できないと、フェリチン(貯金)はどんどん減少し、やがて枯渇してしまいます。
フェリチンが底をつき、いよいよ日々の運転資金にも困るようになって初めて、Hb(ヘモグロビン)の数値が下がり、「貧血」という診断に至るのです。
このメカニズムを理解することが、なぜ早期からの鉄の補充が重要なのかを考える上での鍵となります。
では、なぜ日本の赤ちゃんにこれほど「隠れ鉄欠乏」が多いのでしょうか。
その根源をたどると、実はお母さん自身の栄養状態に行き着くことが少なくありません。
多くの日本人女性は、月経があることなどから、自覚がないままに鉄欠乏の状態で生活していると言われています。その状態で妊娠・出産を迎えると、どうなるでしょうか。
まず、お母さん自身の鉄の”銀行預金(フェリチン)”が少ないため、赤ちゃんに十分な鉄のプレゼントを渡すことができません。つまり、赤ちゃんは生まれながらにして、鉄の貯金が少ない状態で人生をスタートすることになります。
さらに産後は、お母さん自身も出産による出血や慣れない育児による心身のストレス、そして母乳を通じて赤ちゃんに栄養を与えることで、ますます鉄を消耗していきます。お母さんが鉄不足で心身ともに疲弊していると、きめ細やかな離乳食作りまで手が回りにくくなる、という現実もあるでしょう。
このように、お母さんの栄養状態が赤ちゃんの栄養状態に直結し、それが「育てにくさ」の一因となり、その育児のストレスがさらにお母さんの栄養状態を悪化させる…という、負の連鎖が起こりやすいのです。
しかし、これは決して誰かが悪いわけではありません。この連鎖の存在を知り、適切な知識をもって対処することで、断ち切ることは十分に可能です。
では、鉄や、それと共に働く重要な栄養素は、具体的に赤ちゃんの心と体にどのような役割を果たしているのでしょうか。次の章で詳しく見ていきましょう。
第1章では、多くの母子が見えない栄養不足、特に「隠れ鉄欠乏」に陥りやすい背景についてお話ししました。では、その鉄や、鉄と共に働く重要なパートナーたちは、具体的に赤ちゃんの心と体にどのような影響を与えているのでしょうか。
ここでは、特に重要でありながら不足しがちな「鉄」「ビタミンB群」「亜鉛」を“栄養トリオ”と呼び、それぞれの驚くべき役割について、体の仕組みから分かりやすく解説していきます。
夜泣きや癇癪といった、お母さんを最も悩ませる行動。その背景には、脳の中のエネルギー産生や、感情をコントロールする物質の働きが大きく関わっています。
鉄:「幸せホルモン」をつくる”工場の作業員”
お子さんの心の安定や、やる気、幸福感に深く関わる「セロトニン」や「ドーパミン」といった神経伝達物質(いわゆる”幸せホルモン”)があります。これらの物質は、食事から摂ったアミノ酸などを原料にして、脳という”工場”の中で作られます。
このとき、原料を最終製品であるセロトニンやドーパミンに作り変えるために、様々な”工場の作業員”、すなわち「酵素」が働きます。そして、この作業員の多くは、働くために「鉄」を必要とします。
つまり、いくら原料があっても、鉄という作業員が不足していては工場は稼働せず、心を安定させるための製品(セロトニンなど)を十分に作り出すことができません。鉄不足の脳は、いわば慢性的な”幸せホルモン不足”に陥りやすい状態と言えるでしょう。
ビタミンB群:脳のエネルギーを生み出し、神経伝達を支える”潤滑油”
脳は、体重のわずか2%ほどの大きさですが、体全体の約20%ものエネルギーを消費する大食漢です。この脳のエネルギーは、食事から摂った糖質などを燃やすことで作られます。
このエネルギー産生の過程全体をスムーズに進めるための”潤滑油”の役割を果たすのが、ビタミンB群(B1, B2, B6, B12, ナイアシン, 葉酸など)です。
ビタミンB群が不足すると、脳はガス欠状態に陥り、正常に機能することが難しくなります。また、ビタミンB群の一部は、神経伝達物質の合成を助ける役割も担っており、鉄と共に働く重要なパートナーです。
お子さんの夜泣きや癇癪は、まさにこの脳のエネルギー不足や神経伝達物質の不足が引き起こしている可能性があります。十分に栄養が満たされた脳が穏やかで安定しているのに対し、栄養不足の脳は外部からの少しの刺激にも過敏に反応し、興奮しやすくなってしまうのです。
「うちの子、しょっちゅう風邪をひいて、一度ひくと長引くんです…」これもまた、非常によくお聞きする悩みです。この”見えないバリア”である免疫力にも、“栄養トリオ”は深く関わっています。
鉄:免疫細胞が働くための基本的なエネルギー
私たちの体の中では、ウイルスや細菌といった外敵と戦う「免疫細胞」が常にパトロールをしています。鉄は、これらの免疫細胞が活発に働き、外敵を攻撃するためのエネルギーを生み出す際に不可欠です。鉄が不足すると、免疫細胞はまるで武器を持たない兵士のように、いざという時に十分に戦うことができなくなってしまいます。
亜鉛:免疫細胞を育て、正常に機能させる司令塔
亜鉛は、新しい細胞が作られる際に必須のミネラルです。特に、免疫細胞が成長・増殖する過程で中心的な役割を果たします。また、免疫システムが適切に機能するための司令塔のような働きも担っています。亜鉛が不足すると、そもそも戦うための兵士(免疫細胞)の数が不足したり、未熟な兵士しか育たなかったりするため、免疫力が低下してしまうのです。
頻繁に風邪をひいたり、中耳炎を繰り返したりする背景には、この鉄と亜鉛の不足によって、体の防衛システムが弱体化している可能性が考えられます。
口の周りやお尻がすぐにかぶれる、肌がカサカサしやすいといった悩みも、体の内側の栄養状態を映す鏡です。
鉄・ビタミンC:丈夫な肌の材料「コラーゲン」の生成に協力
私たちの皮膚のハリや弾力は、「コラーゲン」というタンパク質の線維によって支えられています。この丈夫なコラーゲンを作る過程で、鉄という”職人”が、ビタミンCという”道具”を使って最終的な仕上げを行っています。鉄とビタミンCのどちらが欠けても、丈夫な皮膚の土台を作ることはできません。
亜鉛:新しい皮膚への生まれ変わり(ターンオーバー)を助ける
皮膚は、常に新しい細胞に生まれ変わることで、そのバリア機能を保っています。この細胞分裂と再生のプロセス(ターンオーバー)を正常に進める鍵となるのが亜鉛です。亜鉛が不足すると、傷の治りが遅くなったり、肌荒れがなかなか改善しなかったりします。
ビタミンB群:皮膚や粘膜のエネルギー代謝を支える
ビタミンB群は、皮膚や口の中の粘膜を健康に保つためにも欠かせません。これらの部位は新陳代謝が非常に活発で、多くのエネルギーを必要とします。ビタミンB群は、皮膚や粘膜の細胞が正常に働くためのエネルギー供給を支えているのです。口内炎や口角炎が、ビタミンB群不足のサインとしてよく知られているのはこのためです。
このように、お子さんの心と体に現れる様々なサインは、バラバラの現象に見えて、実は体の内側での「栄養不足」という共通の根っこでつながっていることが非常に多いのです。
では、これらの重要な栄養素を、離乳食をなかなか食べてくれないお子さんに、一体どうやって届ければ良いのでしょうか。次の章では、いよいよ具体的な実践方法についてお話ししていきます。
第2章までで、鉄・ビタミンB群・亜鉛という“栄養トリオ”が、お子さんの心と体の土台を作るためにいかに重要かをお話ししました。
しかし、頭では分かっていても、目の前のお子さんがそっぽを向いてしまう…。離乳食作りは、本当に根気のいる仕事です。
1. 完璧な「バランス食」を目指すのをやめる。
2. まず「鉄・ビタミンB群・亜鉛」を少量でも届けることに集中する。
3. 市販品やちょい足しを賢く利用して、頑張りすぎない。
この章では、理想論は一度脇に置き、「食べない子に、いかにして最重要栄養素を届けるか」という一点に絞った、超実践的な戦略をお伝えします。
まず、一番にお伝えしたいこと。それは、「栄養バランスの取れた完璧な離乳食」という考え方を、一度手放してみませんか? ということです。
多くのお母さん、お父さんは、「炭水化物、タンパク質、ビタミン・ミネラルをバランス良く…」という言葉に、無意識のうちにプレッシャーを感じてしまっています。しかし、食の細いお子さんを相手に、毎日それを実現するのは至難の業です。
ここでの発想の転換は、満点を目指すのをやめること。そして、私たちの戦略目標をシンプルに一つに絞ることです。
戦略目標:まず「鉄・ビタミンB群・亜鉛」を少量でも良いから確実に届ける。
野菜を少し食べない日があっても、お粥を少し残してしまっても、まずは気にしない。それよりも、体の土台を作るために最もクリティカルな“栄養トリオ”を、どうにかしてお口に届ける。そのための工夫に、エネルギーを集中させましょう。
では、具体的にどうすれば良いのでしょうか。「少量・高効率」をキーワードに、いくつかのアイデアをご紹介します。
赤身肉・レバー:栄養の宝庫を使いこなす
牛肉や豚肉の赤身、そして特にレバーは、鉄・亜鉛・ビタミンB群をすべて高濃度に含む、まさに「栄養の塊」です。
「でも、レバーは調理が難しそう…」と感じるかもしれません。大丈夫です。毎日使う必要はありません。
活用術① スープにする:少量の赤身肉やレバーを野菜と一緒に煮込み、その煮汁をお粥に混ぜたり、スープとして飲ませたりするだけでも、水溶性のビタミンB群やミネラルの一部を摂取できます。
活用術② ペーストを混ぜ込む:しっかり火を通したレバーや赤身肉を、少量のお湯や出汁と一緒にブレンダーにかけ、ペースト状にして冷凍保存しておきましょう。ほんの小さじ半分でも構いません。それをカボチャやジャガイモのマッシュ、お粥などにバレないように混ぜ込んでしまうのです。
外来でも、まずはお粥にほんの少しレバーペーストを混ぜることから始めたご家庭で、「あんなにひどかった夜泣きが少しずつ落ち着いてきました」というお声を聞くことは少なくありません。
卵黄:手軽な優等生
卵黄は、鉄やビタミンB群を手軽にプラスできる優れた食材です。固茹でした卵の黄身だけを取り出し、お湯で溶いてペースト状にして与えることから始められます。特に、初めての食材を与える際は、アレルギーの可能性も考慮し、まずは少量から、そして医療機関が開いている平日の午前中に試すなどの配慮をすると、より安心です。
毎日手作りを頑張る必要は全くありません。むしろ、市販のベビーフードを「栄養強化のためのツール」として賢く活用しましょう。これは手抜きではなく、賢い戦略です。
鉄強化のベビーフード・シリアル: 海外製品も含め、最近では鉄分が添加されたベビー用のシリアルやおやつも増えています。そのまま与えるだけでなく、パンケーキの生地に混ぜ込むといった応用も可能です。
「素材だけ」のベビーフードを活用: 市販のベビーフードの中には、味付けがされておらず、「鶏レバーと緑黄色野菜」のように素材だけで作られたペースト状のものがあります。これを常備しておき、手作りのお粥やうどんに小さじ一杯だけ「ちょい足し」するのです。これだけで、栄養価は格段にアップします。
ただ栄養素を摂るだけでなく、その吸収や働きを助ける”助っ人”を意識すると、さらに効率が上がります。
タンパク質:栄養素を運ぶ”トラック”
鉄などのミネラルは、体の中を移動するために「タンパク質」でできた”トラック”に乗る必要があります。赤身肉や卵、魚といったタンパク質食品は、それ自体が栄養の宝庫であると同時に、他の栄養素の働きを助ける重要な役割も担っています。
ビタミンC:鉄の吸収率を上げる最高のパートナー
ビタミンCは、植物性の食品に含まれる「非ヘム鉄」の吸収率を格段に高めてくれることが分かっています。例えば、ブロッコリーやパプリカ、柑橘類などが豊富です。
(例)赤身肉のハンバーグ(鉄)に、ブロッコリーのピュレ(ビタミンC)をソースのように添える。
良かれと思ってやっていることが、実は栄養の吸収を妨げているケースもあります。代表的なものが牛乳です。
牛乳はカルシウムが豊富な優れた飲み物ですが、食事の直前や食事中にたくさん飲んでしまうと、そのカルシウムが鉄の吸収を阻害してしまう可能性があります。また、牛乳でお腹がいっぱいになり、肝心の離乳食が食べられなくなってしまうことも。
牛乳やフォローアップミルクを与える場合は、食事と時間を少しずらす(食後2時間後や、おやつの時間など)ことを意識すると良いでしょう。
最後に、お子さんが「食べない」行動の裏にある理由にも、少しだけ思いを馳せてみましょう。
食感や味覚への違和感:大人が美味しいと感じるものが、赤ちゃんにとって快適とは限りません。舌触りがざらざらしている、酸味が強いなど、赤ちゃんが嫌がるのには理由があります。形状を変えたり(ペースト状にする、とろみをつけるなど)、味付けを工夫したりすることで、受け入れてくれることもあります。
亜鉛不足による味覚障害の可能性:実は、味を感じる舌の細胞(味蕾)が正常に働くためには「亜鉛」が不可欠です。亜鉛不足が、味覚を鈍くさせ、食べる意欲を削いでしまうという悪循環に陥っている可能性も、分子栄養学的には考えられます。
「遊び食べ」は成長のサイン:食べ物を手でこねたり、床に落としたり…。一見困った行動に見える「遊び食べ」も、実は「これはどんな感触だろう?」「どんな音がするだろう?」という、赤ちゃんにとって重要な学習と探索のプロセスです。食事が学びの場でもあると捉え、少しだけ大らかな気持ちで見守ってあげることも大切です。
完璧な食事を目指すあまり、親子にとって食事の時間が苦痛になってしまっては本末転倒です。まずは、ほんの少しでも“栄養トリオ”をお口に届けられたら100点満点。そんな気持ちで、焦らず、できることから試してみてください。
それでも、どうしても上手くいかない、不安が拭えないという時もあるでしょう。そんな時は、一人で抱え込まず、専門家に頼ることも大切な選択肢です。次の章では、医療機関との賢い連携の仕方についてお話しします。
第3章でご紹介した食事の工夫を試しても、なかなか改善が見られない。あるいは、「うちの子の症状は、やはり一度専門家に相談した方が良いかもしれない」と感じる。そんな時、次の一歩を踏み出すのは少し勇気がいることかもしれません。
限られた診察時間の中で、日々の悩みを的確に伝えきれず、「うまく話せなかった…」ともどかしい思いをした経験はありませんか?私たち医療従事者も、限られた時間の中で、栄養の大切さを、十分に「伝えられない」栄養もどかしいと感じています。
この章では、お母さん・お父さんが抱える「なんとなくの不安」を、解決への道筋が見える「具体的な相談」に変えるための、医療機関との賢い連携術についてお話しします。
診察室で医師に伝えるべきことを整理し、自信をもって相談するための最も強力なツール。それが「わが子の観察メモ」です。
これは、日々の生活の中でお母さん・お父さんだけが気づいているお子さんのサインを、客観的な事実として記録したものです。スマートフォンや手帳に、気づいた時に書き留めておくだけで構いません。
【メモの記録例】
食事について:
●「〇〇は口に入れるが、△△は絶対に吐き出す」
●「1日に食べる固形物の総量は、およそ子供茶碗1杯分くらい」
●「牛乳やジュースばかり飲みたがり、食事の量に影響している気がする」
機嫌・行動について:
●「夕方になると特に癇癪がひどくなる。一度泣き出すと1時間以上続くことがある」
●「ささいなことで激しく怒ったり、キーキーと甲高い声を出したりする」
睡眠について:
●「夜中に平均〇回起きる。そのうち〇回は激しく泣き叫ぶ」
●「寝入りばなに頭を壁に打ち付けるような仕草をする」
体調について:
●「この2ヶ月で〇回熱を出した」
●「顔色が青白い、目の下のクマが気になる」
●「口の周りの湿疹が、薬を塗ってもなかなか治らない」
このような具体的な記録があると、医師は「なんとなく育てにくい」という主観的な悩みではなく、「週に3回以上、1時間を超える癇癪がある」といった客観的な事実として状況を把握できます。これにより、診察の精度は格段に上がり、より的確なアドバイスや検査の提案につながるのです。
ご相談の上で、栄養状態を客観的に評価するために血液検査を行うことがあります。特に鉄欠乏を調べる上で、私たちは主に2つの項目に注目します。
Hb(ヘモグロビン):貧血の指標
これは一般的な健康診断でも測定される項目で、いわゆる「貧血」かどうかを判断する指標です。第1章の氷山の例えでお話しした通り、Hbが基準値を下回っている場合、鉄欠乏はかなり進行した「氷山の一角」が見えている状態と言えます。
血清フェリチン:隠れ鉄欠乏の指標
こちらが、体内にどれだけ鉄の貯金があるかを示す「貯蔵鉄」の指標です。Hb(ヘモグロビン)の値が正常であっても、このフェリチンの値が低い場合、それは「隠れ鉄欠乏」の状態であり、すでにお子さんの心身に様々な不調が現れている可能性が高いと考えられます。
この2つの数値を合わせて見ることで、お子さんの体の中で何が起こっているのかをより正確に把握し、適切な介入方法を判断することができます。
検査の結果、明らかに鉄欠乏が認められ、食事療法だけでは改善が難しいと判断される場合には、次のような治療的なアプローチを検討します。
鉄剤(シロップ)の処方
医師の処方に基づいて、お子さん用の鉄剤(多くは甘いシロップです)を内服する方法です。これは「食事」ではなく「治療」という位置づけになります。必要な量の鉄を確実に補うことができるため、比較的早期に症状の改善が期待できる場合があります。
もちろん効果の現れ方には個人差がありますが、栄養が満たされ始めると、数週間でまず顔色が良くなったり、寝つきが改善したりといった変化が見られることもあります。焦らずじっくり取り組むことが大切です。
副作用として便が黒くなったり、便秘気味になったりすることがありますが、これらは医師と相談しながら調整していくことが可能です。
サプリメント利用の考え方
最近では、お子さん向けの鉄などのサプリメントも市販されています。しかし、私たちは自己判断でのサプリメント利用は推奨していません。
なぜなら、まず血液検査などでお子さんの状態を正確に把握し、「本当にサプリメントが必要か」「どの栄養素を、どれくらいの量だけ補うべきか」を判断することが不可欠だからです。過剰な鉄分の摂取は、かえって体に害を及ぼす可能性もゼロではありません。
まずは専門家に相談し、診断に基づいた適切な方法を選択することが、お子さんにとって最も安全で効果的な道筋と言えるでしょう。
医療機関で、お母さん、お父さんが日々集めた「観察メモ」という貴重な情報を持って、私たち専門家に相談してください。
さて、ここまでお子さんの栄養状態について詳しく見てきましたが、忘れてはならない大切なことがあります。それは、お子さんを支えるお母さんご自身の心と体の健康です。最終章では、あなた自身に目を向けていきましょう。
ここまで、お子さんの栄養状態を改善するための様々な情報をお伝えしてきました。しかし、この記事を通してお伝えしたい、もう一つの非常に大切なメッセージがあります。
それは、「お子さんのために頑張るお母さん、お父さんご自身が、心身ともに健康であってほしい」ということです。
特に、出産という大仕事を終えたお母さんの体は、ご自身が想像している以上に栄養を消耗し、ダメージを負っています。お子さんのことを最優先に思うあまり、ご自身のことは後回しになっていませんか?
第1章で「母子に広がる栄養欠損の連鎖」について触れたように、お子さんが栄養不足の状態にある時、お母さん自身も同じ、あるいはそれ以上に深刻な栄養欠損を抱えているケースが非常に多く見られます。
もし、以下のようなことに心当たりがあれば、それは「気合」や「根性」の問題ではなく、体からのSOSサイン、すなわち栄養欠損のサインかもしれません。
✔️朝、すっきりと起きられない。一日中、体が鉛のように重い。
✔️立ちくらみや、めまいが頻繁にある。
✔️些細なことでイライラしたり、涙もろくなったり、感情の起伏が激しい。
✔️頭にモヤがかかったように、物事に集中できない(ブレインフォグ)。
✔️甘いものやパン、麺類などを無性に食べたくなる。
✔️抜け毛が増えた、肌がカサカサになった、爪が割れやすい。
産後の疲労感や気分の落ち込みは、「みんな同じだから」と我慢してしまいがちです。しかし、その不調の背景に、鉄やビタミンB群、タンパク質の不足が隠れていることは、決して珍しいことではないのです。
「自分の食事まで手が回らない」というのが、お母さんたちの本音でしょう。だからこそ、完璧を目指さず、最低限これだけは、という「自分をいたわる栄養チャージ」の習慣を始めてみませんか。
お子さんの分+αを作る:お子さんのために赤身肉のハンバーグやレバーペーストを作る時、少しだけ量を増やして、ご自身の分も確保しましょう。
「補食」を準備しておく:すぐに口にできる、ゆで卵、チーズ、素焼きのナッツ、小魚などを常備しておき、小腹が空いたらお菓子ではなく、まずこれらをつまむ習慣を。
汁物を味方につける:具沢山の味噌汁や野菜スープは、一杯でタンパク質、ビタミン、ミネラルを補給できる優れたメニューです。時間がある時に多めに作り置きしておくと、忙しい時の心強い味方になります。
お母さんが元気で笑顔でいること。それこそが、お子さんにとって最高の栄養であり、安心できる環境の土台となるのです。
この記事をここまで読んでくださったあなたは、お子さんのことを真剣に考え、深く愛している、素晴らしいお母さん、お父さんです。
だからこそ、一人ですべてを抱え込み、完璧な親になろうと頑張りすぎてしまうのかもしれません。
どうか、忘れないでください。子育ては、一人で走りきる孤独なマラソンではありません。様々な人の手を借りながら進んでいく“チーム育児”です。
そして、私たちのような地域のクリニックは、そのチームの一員でありたいと心から願っています。
私たちは、単に病気を治すだけの存在ではありません。お子さんの健やかな成長というゴールに向かって、ご家族と並んで走る「伴走者」でありたいと考えています。一人で悩む時間を、ぜひ私たちと話す時間に変えてみてください。
この記事を通じて、私たちが最も伝えたかったメッセージ。それは、お子さんの夜泣きや癇癪、風邪のひきやすさといった子育ての悩みの多くは、愛情不足やしつけの問題ではなく、その子の心と体を支える「栄養」という土台が不安定になっているサインかもしれない、ということです。
建物の土台がぐらついていては、その上にどんなに立派な家を建てようとしても、少しの揺れで傾いてしまいます。お子さんの健やかな心と体、そして知性を育むためには、まず何よりも先に、鉄・ビタミンB群・亜鉛といった栄養素で、盤石な土台を築いてあげることが不可欠なのです。
この記事でご紹介したことが、一つでもあなたの心に残り、今日からできる小さなアクションにつながれば、これほど嬉しいことはありません。
例えば、今夜の食卓に、ゆで卵を一つ加えてみる。明日の朝、お子さんの顔色を少しだけ注意深く見てみる。そんな小さな一歩が、必ず大きな変化につながっていきます。
お子さんの健やかな成長の感動と喜びを、ご家族と一緒に分か-ち合い、楽しく安心して子育てができる社会を創ること。それが私たちのビジョンです。あなたのその真剣な悩みに、私たちはいつでも寄り添います。
もし、この記事を読んで「うちの子も、私も、もしかしたら…」と感じたなら、一人で悩まず、一度ご相談ください。私たちは、お子さんの健やかな成長と、ご家族が安心して子育てできる環境づくりをサポートします。
当院では、より専門的な栄養相談を個別で承っております。必要に応じて詳細な血液検査を行い、お子さん一人ひとりの栄養状態を客観的に評価した上で、最適な食事内容やサプリメントのご提案をいたします。
ご希望の方はお電話にて、「栄養相談希望」とお伝えください。
慶應義塾大学医学部卒業
小児外科学会専門医、小児外科指導医、医学博士
小森こどもクリニックでは、成長の感動や喜びをお子さん ご家族と分かち合い、楽しく安心して子育ができる社会を創ることをビジョンに活動しています。