2026年9月26日

「せっかく作ったのに、ひと口で『まずい』って」
「決まったものしか食べません。味の濃いものばかり」
「薄味にすると、まったく手をつけないんです」
食卓でこれが毎日続くと、作る側の心が折れます。そして多くのご家族が「好き嫌いの激しい子」「味にうるさい子」として、この状態と何年も付き合ってこられます。
でも、最初にお伝えしたいことがあります。
お子さんの舌には、ご家族と同じ味がしていないのかもしれません。
味覚は、数日で作り替えられる「装置」です
味の好みは、その子の個性だと思われています。たしかに個性の部分もあります。
ただ、味を感じる仕組みそのものは、個性ではなく体の装置です。舌の表面には「味蕾(みらい)」という味のセンサーが並んでいて、食べ物の味の情報を脳へ送っています。
そしてこの味蕾には、大きな特徴があります。体の中でもとくに入れ替わりの速い細胞で、数日から2週間ほどで新しく作り替えられているのです。
つまり、いまお子さんが感じている味は、この数日で作られたセンサーの性能で決まっています。センサーの材料が足りなければ、味の感じ方そのものが変わります。
その材料の主役が、亜鉛です。
なぜ亜鉛が足りないと、味が変わるのか
亜鉛は、体の中で300種類を超える酵素を動かしている材料です。細胞が分裂するとき、タンパク質を組み立てるとき、必ず亜鉛が要ります。
味蕾のように入れ替わりの速い細胞は、この影響を真っ先に受けます。亜鉛が足りないと、センサーの入れ替えが追いつかず、古くなったセンサーで味を拾うことになります。
すると、こういうことが起きます。
・味が全体に薄く、ぼやけて感じられる(だから濃い味に流れます)
・特定の味が、歪んで不快に感じられる(「変な味がする」「苦い」と吐き出します)
・味の情報が少ないもの(白いごはん・パン・麺)が、いちばん安心に感じられる
亜鉛不足の症状は、はっきりしないものがほとんどです。そのなかで、味覚の変化は数少ない特徴的な症状として、医学的にもよく知られています。
「好き嫌いがひどい」の正体が、実は「味覚が変わっている」だった。栄養外来では、珍しい話ではありません。
お子さんの舌で、いま起きていること
こう考えてみてください。
もし毎日の食事が、自分にだけ薄くて、ときどき変な苦みの混ざる味だったら。それでも「残さず食べなさい」と言われ続けたら。
お子さんがしていることは、それです。おいしくないものを毎日食べ続けられる人は、大人にもいません。おかずを避けて、確実に「安全な味」のするものを選ぶのは、その舌の状態では、むしろ理にかなった行動です。
だから、叱っても直りません。叱る対象が、そもそも行動ではないからです。
こんなサインがあれば、疑ってみてください
診察室では、こういうところを確認しています。
・味の濃いもの、決まった味付けのものしか食べない
・薄味にすると、とたんに食べなくなる
・「まずい」「変な味」「苦い」と言って吐き出すことがある
・ふりかけ・ソース・マヨネーズがないと食べられない
・爪に白い斑点がある
・肌が荒れやすい、傷の治りが遅い
・風邪をひきやすい
・食が細く、背の伸びがゆっくりになってきた
爪や肌や免疫、成長が並ぶのを不思議に思われるかもしれません。亜鉛は味蕾だけでなく、皮膚・免疫・成長といった「細胞がさかんに入れ替わる場所」すべてで使われているためです。味覚の変化は、体全体の亜鉛不足の、いちばん見えやすい窓なのです。
ひとつだけ、大切な線引きをお伝えします。
味がわかりにくくなる原因は、亜鉛だけではありません。たとえば、鼻がつまっていて、においが届いていないこともあります。味の感じ方の大部分は、じつは鼻が担っているからです。口の中に痛いところ(口内炎やむし歯)があって、食べること自体がつらくなっていることもあります。飲んでいるお薬の影響で、一時的に味が変わることもあります。飲み込みにくさが重なっている場合は、鉄のほうが主役かもしれません。
どれも、診察で確かめられることです。とくに、それまで食べられていたのに急に味がわからなくなった、体重が減ってきているというときは、栄養の話より先に、一度きちんと診させてください。
やっかいなのは、輪が閉じてしまうこと
ここに、亜鉛不足の見つけにくさがあります。
亜鉛がいちばん豊富な食品は、肉・魚・卵・貝です。ところが、味覚が変わったお子さんが真っ先に避けるのが、まさにこのグループです。
さらにもうひとつ。食べ物の中の亜鉛は、タンパク質が胃で消化されて、はじめて取り出せます。その胃酸を作るのにも亜鉛が必要で、亜鉛を吸収するのにも胃酸が必要です。
つまり、こうなります。
亜鉛が足りない → 味がわからない → 肉・魚・卵を避ける → 亜鉛がさらに足りない → 胃酸も作れない → 食べても吸収できない
輪が閉じてしまうと、時間だけでは抜け出しにくくなります。「そのうち食べるようになる」と待って、数年たってしまうご家族が多いのは、このためです。
どこかで、外から輪を切る必要があります。
亜鉛は、消化の工場の「電源」でもあります
もう一段だけ、奥をお話しします。ここが、味覚の記事でありながら、当院がいちばんお伝えしたいところです。
のどから腸まで、消化管はひとつづきの管です。当院がふだん、お腹の外来で診ているのも、この管です。その消化管を「食べ物を材料に変える工場」だとすると、亜鉛は工場の電源にあたります。
・胃酸を作る酵素に、亜鉛が要ります。亜鉛が足りないと、第一工程の胃酸が出ません
・腸の表面(栄養を受け取る細かな毛のような部分)は数日で作り替えられます。その細胞分裂に、亜鉛が要ります
・食べ物の中のビタミンB群を「体が使える形」に外す酵素も、亜鉛がなければ働きません
つまり亜鉛が足りない体では、味がわからないだけでなく、食べたものを分解して受け取る力そのものが落ちています。「まずい」と言う子が、同時に「食後にお腹が張る」「食べるのが遅い」を抱えていることが多いのは、偶然ではありません。同じ電源が落ちているのです。
これが、当院が偏食を「味覚」「飲み込み」「消化」の3つの入口に分けて診ている理由です。入口は違っても、材料が足りずに輪が閉じているという構造は共通しています。そして、この輪は自然には止まりません。だから外から手を入れます。
ご家庭で、今日からできること
栄養外来でお伝えしている工夫です。一般的な「薄味に慣れさせましょう」とは逆のことを言いますが、理由があってのことです。
うま味を、味方につけてください
いまのお子さんの舌に薄味は、「味がしない」として届きます。薄味への挑戦は、舌が戻ってからで十分です。
むしろ、うま味の濃いものを味方につけてください。出汁、かつお節、のり、チーズ、ごま。うま味は、弱った味覚にもいちばん届きやすい味です。そして都合のよいことに、かつお節・のり・チーズ・ごまは、それ自体がタンパク質とミネラルの塊です。
・白いごはんに、かつお節としらすとごまをかける
・おにぎりに、のりをしっかり巻く
・卵かけごはん、チーズを乗せたトースト
「ふりかけがないと食べない」は、責める話ではありません。その子なりに、届く味を探し当てているのです。それなら、届く味に栄養を乗せてしまえばいい。
亜鉛は、タンパク質と一緒にやってきます
亜鉛のサプリメントの前に、まず食品です。肉・魚・卵・貝に、亜鉛はタンパク質と一緒に入っています。いま食べられるものの中に、卵・豆腐・しらす・チーズ・お肉を「ひとつ足す」。バランスは、いまは追わなくて大丈夫です。
そして、脂を落とさないでください。体をつくる材料がタンパク質なら、それを動かすエネルギーが脂質です。「ヘルシーに」は、いまのお子さんには必要ありません。
入らないときは、回数を分ける
一度にたくさん食べられないお子さんに、量を増やそうとしても入りません。減らすのではなく、回数を分けてください。同じ量でも、分けて摂るほうが消化管の負担が少なく、吸収も進みます。
加工食品を、少しだけ見直す
スナック菓子や加工食品に多く使われるリン酸塩は、亜鉛とくっついて、吸収を妨げます。ゼロにする必要はありません。毎日のものを、週の何日かに。それだけでも意味があります。
サプリを吐き出す子には、順番があります
これは、ぜひ知っておいていただきたいことです。
亜鉛やミネラルのサプリメントを、お子さんが「気持ち悪い味」と拒否することがあります。じつは味覚が乱れているときほど、ミネラルの味は強く不快に感じられます。いちばん必要な子が、いちばん飲めない。そういう皮肉な構造になっています。
飲めない時期に、無理に続けないでください。「栄養=つらいもの」という記憶を作ってしまうほうが、長い目で見て損失が大きいのです。
そして、順番があります。荒れている消化管に、いきなり亜鉛を入れても入っていきません。当院では、亜鉛のサプリメントを最初から飲ませるとは限りません。先に消化の道を整えて、受け取れる体に戻してから入れる。どこから始めるかは、お子さんの状態を見て決めています。
栄養の役目は、土台を上げることです
お伝えしておきたいことがあります。
医療用のサプリメントで、味覚が変わることはあります。消化する力が上がることも、飲み込む力が戻ることもあります。実際にそうなるお子さんを、私たちは何人も見てきました。
ただ、栄養は万能ではありません。
食感や匂いへの強いこだわり、これまでの食卓で積み重なってきた経験、生まれ持った感覚の特性。こうしたものまで、栄養だけですべてが変わるわけではありません。「栄養で治ります」と言ってしまうのは、誠実ではないと思っています。
私たちがしているのは、土台を上げることです。味がわかるようになれば、その子が自分で広げていける範囲が広がります。そこから先は、本人と、時間の仕事です。
そして、やり方は変わりません。バランスを目指すのではなく、いま食べられるものの中から、タンパク質を少しずつ増やしていく。これは、当院の栄養カウンセラーがご家庭に伴走するときも同じです。
どれくらいで変わるのか
味蕾の入れ替わりは数日から2週間。ただし、体の亜鉛の蓄えが満ちて、それが舌の変化として感じられるまでには、もっと時間がかかります。数週間から数か月の単位で見てください。
変化は、劇的には来ません。よくあるのは、こういう気づき方です。
「そういえば最近、ふりかけを使わない日がある」
「前は残していたおかずに、手が伸びていた」
本人は「味がわかるようになった」とは言いません。気づいたら、食べていた。そういう変わり方をします。だからこそ、ご家族が小さな変化に気づいてあげてください。
そして、この変化は血液検査の数字でも追えます。亜鉛を使って働く酵素の値は、亜鉛が満ちてくると2〜3か月ほどで上がってきます。食卓の変化と数字の変化、両方で確かめられるのが、この分野のよいところです。
受診されたら、何をするのか
はじめて栄養外来にお越しいただいた日は、こんな流れになります。
・問診:何が食べられて、何を避けるか。味付けの傾向、爪や肌の様子、便通、睡眠まで一通りうかがいます
・診察:全身の状態と、お腹を診ます
・血液検査:亜鉛そのものは、保険の血液検査で測れます。ただし亜鉛の数値は、食事の直後や体の炎症の有無で動きやすく、単独では判断がぶれます。当院では、亜鉛と一緒に、亜鉛を使って働く酵素の値、銅とのバランス、タンパク質が体の材料になっているかを合わせて読みます
・方針決め:結果を見ながら、食事の工夫とサプリメントを、ご家庭で続けられる形に組み立てます
一度にすべてを変えることはしません。どこから始めるかを、ご家族と一緒に決めます。
亜鉛のサプリメントは、自己判断で始めないでください。量が多すぎると、今度は銅の吸収を妨げるなど、ミネラル同士のバランスの問題があります。鉄と亜鉛も吸収の経路が重なるため、組み合わせ方に工夫が要ります。ここは検査を見ながら、医師と一緒に決めるところです。
来院前に、見ておいていただけると助かること
・お子さんがどんな味付けなら食べるか(濃い味? うま味? 甘味だけ?)
・「まずい」「変な味」と言うのは、どんな食べ物のときか
・爪の白い斑点、肌荒れ、風邪のひきやすさ
・お通じの回数と、食後にお腹が張るか
・他院での血液検査の結果があれば、そのコピー
・お薬手帳
メモしておいていただけると、初診の時間を「その子固有の話」に使えます。
「うちの子はどうだろう」と思われたら
まずお伝えしたいのは、自己判断で亜鉛のサプリメントを始めないでいただきたいということです。かかりつけの先生と相談しながら進めてください。
そのうえで、今の相談で手応えが出ないときは、一人で抱え込まずに、栄養を専門に診ている医師に相談することも、大切な選択肢だと思っています。「好き嫌いは成長とともに直ります」と言われ続けて数年が過ぎてしまうことは、実際によくあります。
好き嫌いを叱る毎日は、ご家族もお子さんも消耗します。もし思い当たるサインがあれば、一度、舌の材料から確かめてみてください。
お子さんのせいでも、ご家族のせいでもありません。確かめれば、打つ手がある状態です。
合わせて読みたい関連記事
「食べない」の入口は、味覚のほかにもあります。お子さんの様子に近いものから読んでみてください。
・【完全ガイド】離乳食から小学生までの「食べない」悩み – 小児科医が答える栄養と関わり方のすべて(まずここから/全体像)
・① 子どもがお肉を口にためて飲み込めない・丸呑みするのは鉄不足かも(飲み込む力)
・③ 「食べるのが遅い」「すぐお腹いっぱい」は、わがまま? その不調、消化できずに苦しむ”お腹のSOS”かもしれません(消化する力)
まとめ
・「まずい」と吐き出す、濃い味しか食べない。それは好みではなく、味覚が変わっているサインかもしれません
・味蕾は数日〜2週間で入れ替わる高回転のセンサーで、材料に亜鉛を使います。味覚の変化は、亜鉛不足の数少ない特徴的な症状です
・亜鉛が豊富なのは肉・魚・卵・貝。味覚が変わった子が真っ先に避ける食品でもあり、輪が閉じやすい構造があります
・亜鉛は消化の工場の電源でもあります。味がわからない子が、食後の張りや食べる遅さを同時に抱えているのは偶然ではありません
・ご家庭では、味を薄くせず、うま味に栄養を乗せる/いま食べられるものにタンパク質をひとつ足す/量ではなく回数を分ける
・サプリを吐き出すのはわがままではありません。必要な子ほど飲めない構造があり、入れる順番があります。無理に続けないでください
・味がわかりにくくなる原因は亜鉛だけではありません。急に味がわからなくなった・体重が減っているときは、栄養より先に診察で確かめます
・変化は数週間〜数か月。「気づいたら食べていた」という形でやってきます
「食べない」という一つの言葉の中に、飲み込む力、味わう力、消化する力という、別々の入口があります。どこが詰まっているかが分かれば、打つ手の順番が決まります。
材料が満ちてくれば、体は自分で戻っていきます。
今日から、ひとつだけ
本文でいくつかお伝えしましたが、全部を一度にやる必要はありません。まず今日は、いま食べられるものに、うま味とタンパク質をひとつ乗せる——白いごはんに、かつお節としらすとごまをかける。薄味に挑戦するのは、舌が戻ってからで十分です。それだけで、弱った味覚にも届く一品になります。
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子どもの栄養について、診察室では話しきれないことや、「今日ひとつだけできること」を、栄養公式LINEで少しずつお届けしています。何から始めればいいか迷う方は、ここから受け取ってください。
「うちの子はどうだろう」と確かめてみたい方へ
「好き嫌いが激しい」「濃い味しか食べない」と言われてきたお子さんで、詳しい血液検査をしてみると亜鉛が足りていなかった、というケースを当院では多く経験しています。味の感じ方の背景に栄養があるかどうかは、血液検査で確かめられます。当院の子どもの栄養外来(分子栄養学外来)では、味の感じ方・食べ方・便の様子までうかがったうえで、検査をもとにお子さん一人ひとりに合わせて組み立てていきます。
ご予約は、当院ホームページの予約システム(デジスマ診療アプリ)から承っています。
診察室の外の発信
診察室では話しきれないこと、医師が何を考えながら診ているのかを、Xでも書いています。
小児外科医 小森広嗣🩺栄養×お腹 @KomoriKodomoCL
この記事の執筆・監修者
小森こどもクリニック 院長 小森 広嗣(こもり こうじ)
小児外科専門医・指導医、医学博士。慶應義塾大学医学部卒業後、東京都立小児総合医療センター外科医長などを経て、小森こどもクリニックを開院。小児外科の出身として、いまは地域の中で、お腹と栄養の外来を深く追求している。
「成長の感動や喜びをお子さん・ご家族と分かち合い、楽しく安心して子育てができる社会を創る」ことを自身のビジョンとし、診療と情報発信の両輪で活動している。