2026年5月27日

「うちは野菜中心の食事を心がけています」
「お肉や油はなるべく控えるようにしています」
「コレステロールは低い方がいいですよね?」
栄養外来でお話を伺っていると、こうしたお母さん、お父さんの声をよく耳にします。お子さんの健康を真剣に考え、毎日の食事作りに気を配っていらっしゃるその姿勢には、本当に頭が下がります。
しかし、もし今、お子さんが「すぐに疲れる」「集中力が続かない」「夕方になると癇癪を起こす」といったサインを出しているとしたら。
それは、性格やしつけの問題ではなく、細胞が物理的な「ガス欠(エネルギー不足)」を起こしているサインかもしれません。そして、その原因は「脂肪を避けすぎていること」にあるケースが非常に多いのです。
本日は、「脂肪=悪者」という誤解を解き、成長期のお子さんの脳と体にとって「脂質」がどれほど重要か、科学的なエビデンス(生化学的メカニズム)に基づきお話しします。
1. 脳の60%は「脂質」でできている — これは比喩ではなく「解剖学的な構造」です
お子さんの脳は、今まさに猛烈な速度でハードウェアを構築しています。
実は、人間の脳は水分を除いた乾燥重量の約50〜60%が脂質(脂肪)で構成されています。
参考文献:O’Brien JS, et al. “Lipid composition of the normal human brain.” Journal of Lipid Research. 1965.
この研究では、脳の白質を覆うミエリン鞘(電気信号の伝達速度を上げる絶縁体)は乾燥重量の約80%が脂質であり、思考を司る領域でも約40%が脂質であることが示されています。また、2024年にNature Communications誌で発表されたヒト脳の脂質マップ(リピドームアトラス)でも、この構成が改めて確認されています。
脳を構成する主な脂質には、電気信号の伝達速度を上げる「コレステロール」や、思考・学習に関わる「DHA(ドコサヘキサエン酸)」などがあります。
つまり、食事からの脂質摂取を極端に制限することは、「脳という精緻なコンピューターを組み立てるための、構造材料の供給を制限すること」と生化学的に同じなのです。材料がなければ、回路はうまく繋がらず、イライラや集中力低下といった形でSOSのサインが出ます。
2. コレステロールの本当の姿 — ホルモン合成と細胞膜の要
「コレステロール=血管を詰まらせる悪いもの」というイメージを持たれがちですが、最新の分子栄養学において、コレステロールは生命維持に欠かせない重要なパーツです。
体内のコレステロールの約75%は、自分の肝臓で合成されています。食事から摂ったものがそのまま血管に詰まるという単純な構図は、現在の科学では支持されていません。
コレステロールは、体内で以下のような極めて重要な役割(全体像)を担う必須のパーツです。
・ 全身の細胞膜の安定化:60兆個すべての細胞を包む壁(細胞膜)の強度を保ち、細胞の構造を維持します。
・ 神経細胞の保護(ミエリン鞘):脳や神経の電気信号を高速かつ正確に伝えるための絶縁カバーの主成分となります。
・ コルチゾール(副腎皮質ホルモン)の原料:日常のストレスや環境変化に対応するための抗ストレスホルモンを作ります。
・ 性ホルモンの原料:成長期の発達に不可欠なホルモンを作ります。
・ ビタミンDの原料:免疫調節と骨の発達に関わるビタミンDを作ります。
大人の健康診断では常に「メタボリックシンドローム」が警戒され、「コレステロールや中性脂肪はとにかく下げるべき」というメッセージがあふれています。そのため、ご両親が「子どもにも脂質は控えた方がいい」と誤解されるのは無理もありません。もちろん異常な高値は問題ですが、小児の心身の発達において、臨床的に本当に恐ろしいのは「低コレステロール」の方なのです。
近年の大規模な疫学調査でも、そのリスクが指摘されています。
参考文献:”Association of Low-Density Lipoprotein Cholesterol Levels with More than 20-Year Risk of Cardiovascular and All-Cause Mortality in the General Population.” Journal of the American Heart Association. 2021.
この20年以上の追跡調査では、非常に低いLDLコレステロール(70mg/dL未満)が、全死亡リスクや心血管死亡リスクの上昇と関連していることが報告されています。
私の栄養外来の経験でも、総コレステロールが150mg/dL未満と極端に低いお子さんやお母さんでは、慢性的な疲労感や気分の不安定さが目立ちます。日々の小さなストレスに対処するためのホルモン(コルチゾール)が作れず、「機能のガス欠」に陥っている状態なのです。
3. 「ガス欠」の正体 — なぜ「お肉」が必要なのか
私たちが活動するためのエネルギー(ATP)は、主に「糖質(ご飯やパン)」と「脂質」から作られます。
糖質は瞬発力はありますが、1〜2時間ですぐに枯渇してしまいます。一方、脂質は膨大なエネルギーを安定して供給し続ける「持続的な燃料」です。この脂質のエネルギー代謝(β酸化)がうまく回らなければ、子どもはすぐにガス欠になり、血糖値が乱高下して感情が爆発してしまいます。
しかし、食事から摂った脂肪を細胞の中のエネルギー工場(ミトコンドリア)に運んで燃やすためには、「L-カルニチン」という運び屋(輸送トラック)が絶対に必要です。
参考文献:Dambrova M, et al. “Comprehensive review of the expanding roles of the carnitine pool in metabolic physiology: beyond fatty acid oxidation.” Pharmacological Reviews. 2025.
このL-カルニチンが最も豊富に含まれているのが、赤肉(牛肉や羊肉)です。
100gあたりの含有量を比較すると、その差は歴然としています。
・ 牛肉: 約95mg
・ 鶏肉: 約7.5mg
・ 豆腐: 約0.1mg
お肉を食べない野菜中心の生活では、この運び屋が圧倒的に不足してしまいます。結果として、いくらご飯を食べても脂肪がエネルギーに変わらず、細胞は深刻な「ガス欠」状態に陥るのです。
4. 飽和脂肪酸の「濡れ衣」と、本当に避けるべき油
「お肉の脂(飽和脂肪酸)は心臓病の原因になる」という、1960〜80年代に広まった常識は、最新の大規模研究によって否定されています。
参考文献:Siri-Tarino PW, et al. “Meta-analysis of prospective cohort studies evaluating the association of saturated fat with cardiovascular disease.” American Journal of Clinical Nutrition. 2010.
21の前向きコホート研究(約35万人)を統合したこのメタアナリシスでは、飽和脂肪酸の摂取と心疾患リスクの間に有意な関連は認められませんでした。また、2025年の最新レビュー(JMA Journal)でも、飽和脂肪酸制限の明確な予防効果は確認されていません。
科学的エビデンスが明確に有害性を示している「本当に避けるべき油(悪い油)」は、以下のものです。
補足:「油を食べると太る」という最大の誤解 — 糖質太りと隠れ栄養失調
「とはいえ、油やお肉をたくさん食べたら肥満になるのでは?」と心配されるかもしれません。しかし、現代の子どもの肥満の多くは「脂質の摂りすぎ」ではなく「糖質(炭水化物)の摂りすぎ」によって起きています。
脂肪を制限するあまり、パンや麺類でお腹を満たすと、血糖値の急上昇(インスリンの過剰分泌)を招き、結果として脂肪が蓄積されます。私の外来でも、「見た目はぽっちゃりしているのに、血液検査をするとコレステロールが低く、細胞はガス欠状態(隠れ栄養失調)」というお子さんを何人も診てきました。「カロリーの足し算」ではなく「細胞レベルでの代謝」に目を向ける必要があります。(もちろん、質の良い油であっても、食べられる量を超えた過食や胃腸の負担になるような無理な摂取は禁物です)
✔ 本当に避けるべき油(悪い油)
・ トランス脂肪酸(マーガリン、ショートニング)
・ 見えない悪い油(スナック菓子、市販の菓子パンの植物油脂)
・ 酸化した油脂(繰り返し使用した古い揚げ油)
脂肪を極端に減らし、その分をパンや麺類、お菓子などの「糖質」で補ってしまうと、血糖値スパイクを引き起こし、かえって体に大きな負担をかけます。
✔ 積極的に取り入れていただきたい食材(良い油)
・ 青魚(サバ・イワシ・サンマ):脳のハードウェアとなるDHA・EPAの直接の供給源です。植物油(えごま油など)からDHAへの体内変換率は約10%未満と低いため、青魚からの直接摂取が不可欠です。
・ 赤肉(牛肉・ラムなど):脂肪を燃やすための「カルニチン」と、神経伝達物質を作る「鉄分(吸収率の高いヘム鉄)」の宝庫です。
・ 卵:細胞膜の材料となるコレステロールと、良質なタンパク質が揃っています。
・ バターやギー:腸の粘膜のエネルギー源となる短鎖脂肪酸を含みます。
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まとめ
脂質やお肉は「敵」ではなく、お子さんの脳を組み立て、ストレスに対抗するホルモンを作り、持続可能なエネルギーを供給する最高効率のパーツです。
お子さんの「すぐに疲れる」「夕方の癇癪」といったサインは、気合いや性格の問題ではなく、入れるべき燃料とオイルが不足している「ガス欠」のサインに過ぎません。
質の悪い加工食品を避けるという素晴らしい土台の上に、良質な脂質とお肉という「不可欠なパーツ」をぜひプラスしてみてください。材料が揃えば、お子さん本来の輝きと穏やかさは必ず戻ってきます。
当院の栄養外来では、血液データに基づき、現在どこで代謝がストップしているか(ガス欠の原因)を客観的に評価し、一人ひとりに合わせた戦略をご提案しています。「うちの子には何が足りていないのか」と悩まれた時は、どうぞお気軽にご相談ください。
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小森広嗣|こどもの栄養とお腹の専門医🌱 @KomoriKodomoCL
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