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「そろそろ離乳食だけれど、何からどう進めたらいいのか…」
「一生懸命作っても、なかなか食べてくれなくて心が折れそうになる」
クリニックの診察室では、赤ちゃんの健やかな成長を願う保護者の皆様から、このような離乳食に関する切実な悩みをうかがう機会が少なくありません。お子さん一人ひとりに個性があるように、食べる量や進み具合も本当にさまざまです。思うように進まないと、ご不安になりますよね。
そもそも、なぜ離乳食は必要なのでしょうか。
私は、この時期を「栄養のバトンタッチ」が起こる、とても大切な時期だと考えています。
赤ちゃんは生まれる前、お母さんのお腹の中で、へその緒を通じてたっぷりの栄養を受け取っています。特に、成長に不可欠な「鉄」などのミネラルは、肝臓などに「貯金」として蓄えて生まれてきます。
しかし、その栄養の貯金は、生後6~8か月頃には残念ながら底をついてしまいます。母乳やミルクは赤ちゃんにとって最高の栄養源ですが、この時期を過ぎると、爆発的に成長する赤ちゃんの体を支えるには、一部の栄養素がどうしても不足しがちになるのです。
つまり離乳食とは、お母さんからもらった栄養の貯金と母乳・ミルクだけでは足りなくなった分を、食べ物から自分の力で補うためのトレーニングであり、まさに「栄養のバトンタッチ」の始まりと言えるでしょう。
この記事では、数ある栄養素の中でも、なぜこの時期に「鉄」がとりわけ重要なのか、そして鉄の働きを助ける他の栄養素たちについて、少し踏み込んで解説していきます。
「なぜこれが必要なのか」という理由がわかると、日々の離乳食作りが少しだけ前向きで、意味のあるものに感じられるかもしれません。赤ちゃんの未来の心と体の「土台」を作る大切な時期を、一緒に学んでいきましょう。
離乳期に意識すべき栄養素はいくつかありますが、もし一つだけ挙げるなら、私は迷わず「鉄」と答えます。
鉄は、単に「血を作る材料」というだけではありません。赤ちゃんの脳や神経が著しく発達するこの時期において、心と体の両方の健やかな成長を陰で支える、まさに「縁の下の力持ち」なのです。
なぜ、この時期の赤ちゃんはこれほど鉄不足になりやすいのでしょうか。それには、避けられない3つの理由があります。
1. お母さんからもらった「鉄の貯金」が底をつく
先ほども触れましたが、赤ちゃんは肝臓などに鉄を蓄えて(貯蔵鉄といいます)生まれてきます。しかし、この貯金は永久にあるわけではなく、多くの場合、生後6~8か月頃には使い切られてしまいます。
2. 母乳の鉄分は「絶対量」が少ない
母乳に含まれる鉄分は、ミルクに比べて体に吸収されやすいという素晴らしい特徴があります。しかし、その絶対量はごくわずかです。そのため、母乳だけで育っている赤ちゃんほど、生後6か月以降は食事からの鉄分補給がより重要になると言えるでしょう。
3. 体の急成長で、鉄の必要量が爆発的に増える
赤ちゃんは、生まれてから1年で体重が約3倍にもなります。体を作る材料、そしてエネルギーを生み出すために、鉄の需要は爆発的に増加します。貯金が減っていく一方で、支出が急激に増えるわけですから、外から補給しなければ不足するのは当然のことなのです。
外来で「貧血が心配で…」というご相談を受けることがありますが、実は血液検査でわかる「貧血(ヘモグロビン低下)」は、鉄欠乏がかなり進行した最終段階です。その手前の、血液検査では見つかりにくい「隠れ鉄欠乏(潜在性鉄欠乏)」の状態でも、赤ちゃんの脳の発達には大きな影響が及ぶ可能性があることがわかっています。
では、鉄が足りないと具体的に何が起こるのでしょうか。
役割①:全身に酸素を届ける(ヘモグロビン)
これはよく知られている役割です。鉄は赤血球の中にあるヘモグロビンの主成分として、呼吸で取り込んだ酸素を全身の細胞に届けています。鉄が不足すると、体全体が酸欠状態になり、顔色が悪くなったり、疲れやすくなったりします。
役割②:「やる気」や「心の安定」の素を作る(神経伝達物質の合成)
ここからが特に重要です。脳の中では、やる気や集中力を生み出す「ドーパミン」、気持ちを安定させ安心感をもたらす「セロトニン」といった神経伝達物質が作られています。実は、鉄はこれらの物質を合成する過程で、補酵素として絶対に欠かせない役割を担っています。
もし鉄が不足すると、これらの神経伝達物質が十分に作られなくなります。その結果として、「なんとなく不機嫌」「落ち着きがない」「癇癪がひどい」「集中して遊べない」といった行動の背景に、鉄不足が隠れている可能性があるのです。
役割③:脳の“配線工事”を進める(神経回路の形成)
赤ちゃんの脳では、神経細胞同士が物凄いスピードでネットワークを作り上げています。その際、神経を「電線」に例えるなら、その電線を覆う「ミエリン」というカバーを作る作業(ミエリン化)が進みます。このカバーのおかげで、脳の情報伝達はスムーズかつ高速になります。
このミエリンを作る過程にも、鉄は不可欠です。乳幼児期の鉄不足が、その後の学習能力や認知機能にまで影響を及ぼす可能性が指摘されているのは、このためです。
では、どうすれば効率よく鉄分を補給できるのでしょうか。ここで最も大切なキーワードが「吸収率」です。食べ物に含まれる鉄には、2つの種類があることを知っておくと、離乳食のメニュー選びが大きく変わります。
ヘム鉄:レバーや赤身の肉、カツオやマグロといった赤身魚など、動物性食品に多く含まれます。私たちの体に直接利用されやすく、吸収率が高い(15~25%)のが特徴です。
非ヘム鉄:ほうれん草などの野菜や、ひじき、豆類といった**植物性食品**に多く含まれます。そのままでは吸収されにくく、吸収率が低い(2~5%)のが特徴です。
この吸収率の差は歴然です。もちろん、野菜や豆類も大切な栄養源ですが、こと鉄分補給という点においては、動物性の「ヘム鉄」を離乳食の主軸に据えることが、最も効率的で確実な戦略と言えるでしょう。
また、鉄の吸収を高める「味方」もいます。それはビタミンC(野菜、果物)や、動物性たんぱく質です。例えば、お肉や魚と一緒に、ブロッコリーやパプリカなどを少し添えるだけで、鉄の吸収率はさらにアップします。
まずは、離乳食に「赤身の肉や魚」を積極的に取り入れること。これが、鉄欠乏から赤ちゃんを守るための、最も重要な第一歩です。
最重要栄養素である「鉄」がその能力を最大限に発揮するためには、共に働く仲間たちの存在が欠かせません。栄養の世界は、さながら「チーム戦」です。ここでは、鉄と共に赤ちゃんの成長を力強く後押しする、頼れるチームメンバーたちを紹介します。
亜鉛(Zn):細胞分裂のアクセル役。味覚を育て、皮膚を丈夫にする
鉄が「材料」だとすれば、亜鉛は「細胞分裂のアクセル」のようなミネラルです。体重が1年で3倍にもなる赤ちゃんは、まさに細胞分裂の塊。特に、味を感じる細胞(味蕾)は新陳代謝が非常に速く、亜鉛が不足すると味覚が鈍り、偏食の一因になることもあります。
ビタミンD:骨だけでなく「免疫の司令塔」
ビタミンDは、骨を丈夫にするだけでなく、体の防御システムを適切に調整する「免疫の司令塔」としての役割が近年注目されています。アレルギー疾患や感染症への抵抗力とも深い関わりがある、現代の赤ちゃんに不足しがちな栄養素です。
ビタミンB群(特にB12・葉酸):体の設計図を守り、血を作る
ビタミンB12と葉酸は、鉄と同様に「血を作る(造血)」働きを担う重要なパートナーです。特にビタミンB12は、肉や魚、卵といった動物性食品にしか含まれないため、離乳食で意識して摂る必要があります。
必須脂肪酸(DHA・ARA):”賢い脳”を作る細胞膜の材料
脳の約60%は脂質でできています。DHAやARAは、脳の神経細胞そのもの、特に細胞膜の主成分です。脳が急激に大きくなるこの時期に良質な脂質を摂ることは、脳の情報伝達の土台作りにつながります。
日々の診察で保護者の皆様からよくいただく質問にお答えします。
Q1. 「レバーは毎日あげても大丈夫?ビタミンAの過剰摂取が心配です」
A1.素晴らしい視点ですね。おっしゃる通り、レバーは栄養豊富ですが、ビタミンAも多く含みます。ペースト状にしたものを、週に1〜2回、小さじ1杯程度を目安にするのが良いでしょう。どんな食材でも「そればかり」は避け、色々試すことが大切です。
Q2. 「ほうれん草やひじきなど、植物性の鉄分だけではダメなのでしょうか?」
A2.決してダメではありませんが、鉄分補給の効率を考えると、吸収率の高い動物性の「ヘム鉄」を主役にし、植物性はビタミンなどを補う「名脇役」として考えるのがおすすめです。
Q3. 「フォローアップミルクや鉄強化のベビーフードは使った方がいいですか?」
A3.上手に使えば、食事だけでは不足しがちな鉄分などを補う心強い味方になります。ただし、あくまで**食事の「補助」**と捉え、様々な食材を経験する機会を大切にしましょう。
Q4. 「アレルギーが心配で、お肉やお魚、卵を始めるのが怖いです」
A4.ご心配ですよね。しかし、最新の研究では、アレルギーを心配して特定の食物の開始を不必要に遅らせることは、逆にリスクを高める可能性があると指摘されています。自己判断で開始を遅らせず、まずはかかりつけ医に相談し、適切な時期と安全な進め方を一緒に計画していきましょう。
たくさんの栄養素が出てきましたが、完璧な離乳食を目指す必要は全くありません。
もし何から始めたら良いか迷ったら、まずは「鉄を豊富に含む動物性たんぱく質(赤身の肉や魚など)を1日1回は取り入れる」ことから意識してみてください。
離乳食の時期は、赤ちゃんの将来の健康という「建物」の、最も重要な「土台」を作っている時期です。私たちは、その大切な土台作りを、保護者の皆様と共に行う「伴走者」でありたいと考えています。
日々の離乳食で不安なこと、赤ちゃんの体調や発達で気になることがあれば、どうぞ一人で抱え込まず、いつでも私たちにご相談ください。
※食物アレルギーに関しては、必ずかかりつけ医の指導のもとで進めてください。この記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個々のお子様の状態を判断するものではありません。
慶應義塾大学医学部卒業
小児外科学会専門医、小児外科指導医、医学博士
小森こどもクリニックでは、成長の感動や喜びをお子さん ご家族と分かち合い、楽しく安心して子育ができる社会を創ることをビジョンに活動しています。