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「パンツにうんちが付いている…」
「もうすぐ小学生なのに、気づかないうちに漏らしてしまう…」
これは、親御さんが最も恥ずかしくて、誰にも相談できずに一人で抱え込んでしまう悩みの一つです。
「しつけがなっていないのかな」「だらしないのかな」「わざとやっているの?」——そう感じて、つい強く叱ってしまったことがあるかもしれません。
でも、どうか安心してください。そして、ご自分を責めないでください。
子どもがうんちを漏らしてしまうのは、「しつけ」の問題でも、本人の「だらしなさ」でもありません。多くの場合、それは「重い便秘」が出している、とても大切なSOSのサインなのです。
この記事では、年間5,000組以上のお子さんの便秘を診てきた小児外科医の立場から、「便秘なのに、なぜ漏れるのか」という一見矛盾した現象のメカニズムと、その治し方を、できるだけわかりやすく解説します。
便失禁(遺糞症)とは何か
医学的には、4歳以降のお子さんが、自分の意思とは関係なく便を漏らしてしまう状態を「便失禁(べんしっきん)」、あるいは「遺糞症(いふんしょう)」と呼びます。
便失禁にはいくつかのタイプがありますが、子どもの場合、その多くが「溢流性(いつりゅうせい)便失禁」と呼ばれるものです。
「溢流」とは、あふれ出るという意味です。つまり、便が出なくて困っているはずなのに、実際には便があふれて漏れ出している——これが、子どもの便失禁の正体です。
「うちの子は毎日少しは出ているし、むしろゆるい便が漏れるくらいだから、便秘ではないはず」——そう思われる親御さんがとても多いのですが、ここに大きな落とし穴があります。次の章で、そのメカニズムを詳しく見ていきましょう。
なぜ「便秘なのに漏れる」のか — 逆説のメカニズム
便秘とは「出ないこと」だと思われがちです。だからこそ、「漏れる」という症状と便秘が結びつかず、見過ごされてしまうのです。しかし、小児外科医の目から解剖学的に見ると、この逆説はとても理にかなっています。
直腸が「伸びきったゴム風船」になる
便を最後にためておく場所を「直腸(ちょくちょう)」といいます。健康な直腸は、適度な弾力のあるゴム風船のような臓器です。
ところが、便意をがまんし続けたり、便秘が長く続いたりすると、直腸の中に硬い便が大きな塊(便塊:べんかい)となってたまっていきます。すると、直腸はその大きな塊に押し広げられ、まるで伸びきってブカブカになったゴム風船のようになってしまいます。
あふれた液状便が、栓のすき間をすり抜ける
直腸の出口には、硬い便が「栓(せん)」のように詰まっている一方で、その奥の腸では、新しい便が次々と作られています。この新しい便は、まだ柔らかい液状〜泥状です。
行き場を失った柔らかい便は、出口に詰まった硬い栓のすき間をチョロチョロとすり抜けるようにして、ジワジワと漏れ出してくるのです。
イメージとしては、コップに水を注ぎ続けると、やがて縁から溢れるのと同じです。直腸という器がいっぱいになると、新しく降りてきた便に押し出される形で、一部がこぼれ落ちてしまう。これが「溢流性便失禁」のメカニズムです。
下着につく便が「ゆるい」ために、かえって「下痢かな?」「便秘ではないな」と誤解されてしまう、やっかいな症状なのです。
「漏れていることに気づかない」のはなぜ?
便失禁のもう一つの特徴は、本人がまったく気づいていないことです。これも「わざと」や「なまけ」ではありません。
伸びきったゴム風船の状態が長く続くと、直腸の壁が常に引き伸ばされっぱなしになり、「便がたまった」という感覚(便意)を感じ取るセンサーが鈍くなってしまうのです。
そのため、便が漏れ出てきても本人は気づけず、においを指摘されて初めて気づく、ということが起こります。「気づかないなんておかしい」と叱るのは、感覚が鈍ってしまった子どもにとって、とても酷なことなのです。
子どもの心を守ることが、治療の第一歩
便失禁は、体の問題であると同時に、子どもの心に深い影を落とす問題でもあります。
・「また漏らした」と叱られて、自信をなくしてしまう
・お友だちに気づかれて、からかわれたりいじめにつながったりする
・下着を隠すようになる
・トイレや学校が怖くなり、登校をしぶるようになる
最もつらいのは、子ども自身が「自分はダメな子だ」「どうしてできないんだろう」と思い込んでしまうことです。
だからこそ、治療を始める前に、まず大人が知っておいてほしいことがあります。
これは病気であって、あなたの子のせいではない。
パンツの汚れに気づいたとき、どうか叱る前に、こう疑ってあげてください。「この子のお腹の中で、何かが起きているのかもしれない」と。パンツの汚れは、お子さんが発している静かなSOSサインなのです。
そしてご家庭で「うんちが漏れるのは、お腹(腸)が伸びちゃってる病気のせいなんだよ。〇〇が悪いんじゃないんだよ。一緒に治していこうね」と伝えてあげること。この一言が、こわばった子どもの心をほどき、治療を前に進める何よりの力になります。
便失禁の治療 — 3つのステップ
便失禁の治療は、決して特別なものではありません。原因が「重い便秘」である以上、やるべきことはシンプルです。当院では、次の3つのステップで、焦らず確実に進めていきます。
ステップ1:まず「出す」(直腸を空っぽにする)
伸びきった風船をいったん休ませるには、まず中にたまった硬い便の塊を、しっかり取り除くことが最優先です。これを「便塊除去(disimpaction)」といいます。
具体的には、浣腸や、便を軟らかくして押し出すお薬(モビコールなどの浸透圧性下剤)を計画的に使い、たまった便を一度すっきり出し切ります。
ここで大切なのは、浣腸を「最後の手段」「怖いもの」と考えないことです。伸びきった直腸を回復させるための、前向きで治療的な「リセット」だと捉えてください。
ステップ2:「ためこまない」(毎日のリズムを作る)
便を出し切ったら、次は再び塊がたまらないように維持する段階です。
便を軟らかい状態に保つお薬を毎日続け、「硬い便でフタができる」状態を作らせません。あわせて、毎日決まった時間(特に食後)にトイレに座る習慣をつけ、出ても出なくても「座れたね」と認めてあげます。
この維持療法を、焦らず数ヶ月単位で続けることが、回復のいちばんの近道です。
ステップ3:「感覚を取り戻す」(自立へ)
便が毎日スムーズに出る状態が続くと、伸びきっていた直腸が少しずつ元の大きさに戻っていきます。すると、鈍くなっていた便意のセンサーが回復し、「うんちがしたい」という感覚を、自分で感じ取れるようになってきます。
ここまで来れば、漏れる回数は自然と減り、やがてお薬を少しずつ減らしていけるようになります。排便日記をつけて回復を「見える化」すると、子ども本人の自信にもつながります。
なお、この「出す→ためこまない→育てる」という考え方は、便秘治療全体に共通する大切な土台です。腸そのものを栄養の面から育てる視点については、整腸剤を飲んでも子どもの便秘が治らない理由〜「菌を入れる」から大腸を「育てる」治療へ〜もあわせてご覧ください。
外来でのある一場面 — 「治らない」は思い込みだった
パンツが毎日汚れる状態が続き、心配して受診された7歳の女の子がいました。お腹のエコーを見ると、直腸に大量の便がたまっていました。典型的な溢流性便失禁です。
浣腸でしっかり「出す」治療を始めて、わずか1週間後。もう一度エコーで直腸を確認すると——空っぽでした。あれほど続いていたパンツの汚れも、すっかり消えていました。
長いあいだ「だらしない」「治らない」と思い込んでいた症状が、原因さえ正しくわかれば、こんなにも早く変わり始める。便失禁の治療には、それだけの手応えがあります。もちろん、伸びた直腸が完全に戻るには時間がかかりますが、「最初の1週間で景色が変わる」ことは、決して珍しくないのです。
いつ病院に行くべきか
次のようなサインが見られたら、「様子を見る」段階を過ぎています。早めに専門の外来にご相談ください。
・週に何度も、下着に便がつく・漏れることがある
・本人が漏れていることに気づいていない
・便が「ゆるい・泥状」なのに、しっかりした排便が数日に一度しかない
・お腹を触ると、左下あたりに硬い便の塊が感じられる
・下着を隠す、トイレや学校をいやがるようになった
特に注意したいのは、ゆるい便が漏れる症状を「下痢」と誤解して、下痢止めを使ってしまうケースです。原因は便秘ですから、これは逆効果になりかねません。下痢止めを飲ませると、出口の栓はそのまま、上流の流れまで止まってしまい、お腹はますますパンパンに——という最悪の事態を招きかねないのです。「下痢と便秘を繰り返す」ように見えるときこそ、溢流性便失禁を疑ってください。
もし他院で「下痢」「様子を見ましょう」とだけ言われて改善しない場合は、便秘の視点から診てもらうために、セカンドオピニオンを検討する価値が十分にあります。
よくある質問(FAQ)
Q. わざと漏らしているのでしょうか?
A. いいえ、ほとんどの場合「わざと」ではありません。直腸が伸びきって便意のセンサーが鈍くなっているため、本人は漏れていることに気づけないのです。叱るほど、子どもは隠そうとし、悪循環に陥ってしまいます。
Q. オムツに戻したほうがいいですか?
A. 治療によって便が漏れなくなるまでの「過渡期のつなぎ」として、オムツを併用することはまったく問題ありません。下着が汚れることへの本人の羞恥心や、ご家族の洗濯の負担など、生活のバランスを守ることも大切だからです。ただし、オムツはあくまで一時的な対応です。並行して便秘外来を受診し、直腸を空っぽにして「ためないサイクル」を回す根本治療をしっかり進めていきましょう。
Q. 学校(園)には伝えるべきですか?
A. 治療中は、担任の先生にそっと事情を共有しておくことをおすすめします。「病気の治療中で、トイレに行きやすいよう配慮してほしい」と伝えるだけで、子どもの心の負担は大きく軽くなります。
Q. 何歳まで治療すれば治りますか?
A. お子さんの状態によりますが、伸びた直腸が元に戻り、感覚が回復するには、数ヶ月から年単位の時間がかかることもあります。途中でやめると元に戻りやすいため、「出るようになったから」とすぐに薬をやめず、医師と相談しながら卒業を目指すことが大切です。
Q. 便失禁と夜尿(おねしょ)は関係ありますか?
A. 関係することがあります。直腸に大きな便の塊があると、すぐ前にある膀胱(ぼうこう)を圧迫し、おしっこをためにくくしたり、夜尿を悪化させたりすることが知られています。便秘の治療をしたら、おねしょも改善した、というケースは少なくありません。
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便失禁の背景にある「便秘そのもの」への理解を深めたい方は、こちらの記事もご覧ください。
– 子どもの便秘|原因と解消法を小児外科医が徹底解説
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– グリセリン浣腸の正しい使い方|子どもの便秘を安全にケアする方法
まとめ
子どものお漏らし・便失禁は、親にとっても子にとっても、本当につらい問題です。けれど、もう一度お伝えします。
それは「しつけ」や「だらしなさ」の問題ではなく、治療で必ず改善できる「便秘」のサインです。
伸びきった直腸を、まず「出して」休ませ、「ためこまない」リズムを作り、「感覚を取り戻す」。この3つのステップを、焦らず、子どもを責めずに進めていけば、お腹も心も、少しずつ元気を取り戻していきます。
一人で抱え込まず、どうか専門家を頼ってください。私たちは、お子さんとご家族が安心して笑顔で過ごせるよう、しっかり伴走します。
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この記事の執筆・監修者
小森こどもクリニック 院長 小森 広嗣(こもり こうじ)
小児外科専門医・指導医、医学博士。慶應義塾大学医学部卒業後、東京都立小児総合医療センター外科医長などを経て、小森こどもクリニックを開院。年間5,000組以上のお子さんとご家族の便秘治療に携わる。腸の「構造(小児外科)」と「機能(栄養療法)」の両面からアプローチする独自の診療スタイルで、重症・難治性の便秘にも対応。便秘治療に関する書籍を2026年刊行予定(英智舎)。
「成長の感動や喜びをお子さん・ご家族と分かち合い、楽しく安心して子育てができる社会を創る」ことを自身のビジョンとし、診療と情報発信の両輪で活動している。




