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「毎日ヨーグルトを食べさせているのに出ない」
「トイレに座らせても、痛がって泣いてしまう」
「薬を使っているけれど、すっきり出し切れていない気がする」
お子さんの便秘に悩み、食事改善やマッサージなどあらゆる手を尽くしている親御さんは少なくありません。しかし、もしその努力の方向性がほんの少しズレているとしたらどうでしょうか?
実は、便秘が治らない原因は、お子さんの頑張り不足でも、親御さんの食事管理のせいでもなく、「トイレの構造」そのものにあるかもしれません。
今回は、小児外科医の視点から「解剖学的に正しいトイレの座り方」について解説します。精神論ではなく、体の仕組み(ハードウェア)から便秘を解決するヒントをお届けします。
人の体は「しゃがむ」ようにできている?
まず、少し衝撃的な事実をお伝えします。 人間の体は、構造上「座って」排便するようにはできていません。 太古の昔から、人間はずっと「しゃがんで」用を足してきました。この「しゃがむ」という姿勢こそが、人体の構造にとって最も自然な排便スタイルなのです。
その鍵を握るのが、「直腸肛門角(ちょくちょうこうもんかく)」という角度です。
「ホース」は普段、折れ曲がっている

想像してみてください。庭の水撒きホースの先をギュッと折り曲げると、水は止まりますよね? 私たちの体の中にも、これと同じ仕組みがあります。
直腸(便の出口手前)と肛門の間には角度がついており、普段は約90度に折れ曲がっています。さらに「恥骨直腸筋(ちこつちょくちょうきん)」という筋肉が、直腸を前方に引っ張り、ホースを足で踏むようにして便が漏れないようロックをかけています。これをフラップバルブ機構と呼びます。
私たちが普段、無意識に便を我慢できているのは、この「折れ曲がり」のおかげです。
「座る」vs「しゃがむ」の決定的な違い

では、いざトイレで「出そう」とする時、このロックはどうなるでしょうか?
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座る姿勢(洋式トイレ): 背筋を伸ばして座ると、股関節の角度は90度程度です。この状態では、恥骨直腸筋の力が完全には抜けきらず、直腸の折れ曲がり(ロック)が部分的に残ってしまいます。 つまり、「ホースが少し折れ曲がったまま、無理やり水を出そうとしている」状態です。これでは、強くいきまないと出ませんし、残便感も残りやすくなります。
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しゃがむ姿勢(和式トイレ): 深くしゃがみ込むと、太ももがお腹に近づき、股関節が深く曲がります。すると恥骨直腸筋が緩み、直腸と肛門の角度が約130度(研究によってはさらに広く)まで広がります。 折れ曲がっていたホースが「真っ直ぐ」になり、重力と腹圧の助けを借りて、抵抗なくスルッと便が滑り落ちるルートが開通するのです。
和式から洋式へ。失われた「快便」のメカニズム
かつての日本では、和式トイレが主流でした。 和式トイレは「しゃがまないと使えない」ため、誰もが強制的に、解剖学的に最も排便しやすい姿勢をとっていました。昔の人が便秘知らずだったとは言いませんが、少なくとも「姿勢による排便のしやすさ」という点では、現代よりも恵まれていたと言えます。
日本の研究データが示す「前かがみ」の優位性
実際に、日本で行われた研究でも興味深いデータが出ています。 排便障害を持つ患者さんを対象に、「通常の座る姿勢」と「前かがみ姿勢」を比較したところ、前かがみ姿勢の方が直腸と肛門の角度が広がり、排便量も有意に多かったという結果が報告されています。
また、海外(イスラエル)の研究ではさらに劇的です。 「洋式で座る」場合と「和式のようにしゃがむ」場合を比較したところ、排便にかかる時間は130秒から51秒へと半分以下に短縮されました。
しかし、和式トイレにも弱点があった
「じゃあ、和式トイレに戻せばいいの?」と思われるかもしれませんが、そう単純ではありません。 和式トイレには「足腰への負担が大きい」「高齢者には使いにくい」というデメリットがあります。
さらに、学校のトイレに関する調査では、「和式トイレは汚い・怖い・恥ずかしい」という理由で、学校での排便を我慢してしまう子どもが多いことが分かっています。この「我慢」こそが、便が直腸に溜まって硬くなる便秘の入り口です。 実際、学校トイレの洋式化が進んだことで、子どもたちの「排便我慢」が減ったという報告もあります。
つまり、私たちは今、ジレンマに直面しているのです。
- 生理学的(出しやすさ)には、和式が正解。
- 心理的・環境的(使いやすさ)には、洋式が正解。
この両方の「いいとこ取り」をする方法はないのでしょうか?
現代の最適解:「洋式トイレでロダンポーズ」
あります。それが、洋式トイレにいながら和式のメリットを再現するハイブリッドな方法、名付けて「ロダンポーズ(考える人)」作戦です。
1. 足場を安定させる(踏み台は「あれば便利」なサポーター)
まず、足元に注目してみましょう。 洋式トイレに座った時、足の裏が床にしっかりとついていますか? 特に小さなお子さんの場合、足がブラブラしていると腹圧がかけにくく、不安定さから無意識にお尻を締めてしまうことがあります。
もしご家庭で用意できるようであれば、足台(踏み台)があると理想的です。 「膝の位置が、股関節(お尻)よりも高くなる」状態が作れればベストですが、専用の台である必要はありません。雑誌の束や、牛乳パックで作った台、あるいは大人が足の裏を支えてあげるだけでも十分です。
もちろん、踏み台が必須というわけではありません。 お子さんによっては台があると窮屈に感じたり、嫌がったりすることもあります。その場合は無理に使わず、「足が床(または台)について踏ん張れると、力が入りやすいよ」と教えてあげるだけでも構いません。大切なのは道具そのものではなく、「お子さんが安心して力を込められる体勢」を見つけることです。
2. 前傾姿勢をとる(ロダンポーズ)

足場ができたら、彫刻の「考える人」のように、上半身をぐっと前に倒します。 太ももとお腹を近づけるイメージです。この姿勢をとることで、洋式トイレに座ったままでも、擬似的に「しゃがみ姿勢」に近い股関節の角度を作ることができます。
これだけで、恥骨直腸筋が緩み、直腸のカーブが真っ直ぐに近づきます。 「いきんでも出ない」と泣いていた子が、足台を置いて前かがみにさせただけで「スルッと出た!」と驚くことは、外来では決して珍しい話ではありません。
小児外科医からのメッセージ
便秘治療において、お薬(下剤)はとても有効な「コントローラー」です。しかし、どれだけ良いコントローラーを持っていても、ゲーム機本体(体の構造)の使い方が間違っていては、クリアできません。
「食事も気をつけている、薬も飲んでいる。なのに良くならない」 そう感じた時は、一度トイレの中を見直してみてください。
お子さんの足は、床についていますか? 背筋を伸ばして、お行儀よく座りすぎていませんか?
トイレの中だけは、少しお行儀が悪くても構いません。 足を高く上げ、前かがみになり、野生の動物のように本能的なポーズをとる。それが、進化の過程で私たちの体が覚えている「正しい排便の作法」なのです。
今日からできる「足台」と「前かがみ」。 高価な道具も、痛い処置もいりません。まずはこの物理的なアプローチから、お子さんの「スッキリ」を取り戻してあげてください。
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便秘でお悩みの方へ:栄養面からのサポート
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この記事の執筆・監修者
小森こどもクリニック 院長 小森 広嗣(こもり こうじ)
慶應義塾大学医学部を卒業後、東京都立小児総合医療センター外科医長などを経て、東京都国分寺市に「小森こどもクリニック」を開設。現在は、日本でも珍しい小児外科専門医が開設する「便秘専門クリニック」として、年間延べ約5,000人の診療にあたっている。その実績から、都内のみならず遠方や海外からの受診・相談も多く、セカンドオピニオンも積極的に受け入れている。丁寧な対話を通じてご家族と「治療のゴール」を共有し、一人ひとりの状況に合わせて治療戦略をカスタマイズする、オーダーメイドの診療スタイルを実践している。日本小児外科学会認定の小児外科専門医・指導医、医学博士。
「成長の感動や喜びをお子さん・ご家族と分かち合い、楽しく安心して子育てができる社会を創る」ことを自身のビジョンとし、診療や情報発信を行っている。
▶ メディア掲載:VERY web「うちの子トイレでうんちができないんです」問題
参考文献
日本小児栄養消化器肝臓学会, 日本小児消化管機能研究会 編. 小児慢性機能性便秘症診療ガイドライン. 診断と治療社, 2013.




